かつてワクチン開発で世界をリードしていた日本は、なぜ国産のコロナワクチンを作れなかったのか。帝京大学名誉教授の杉晴夫さんは「厚労省の不合理、理不尽な対応により、日本の医療は周回遅れになってしまっている」という――。

※本稿は、杉晴夫『日本の生命科学はなぜ周回遅れとなったのか』(光文社新書)の一部を再編集したものです。

COVID-19ワクチン
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イギリス人開業医が発見した「免疫」の獲得方法

我々の身体には、病原体の侵入により発病することを防ぐ防御機能が備わっており、このしくみを免疫という。

天然痘は、天然痘ウイルスによる恐ろしい病気で、死亡率が高く、運よく治癒しても身体に瘢痕が残る。古代エジプトの王も天然痘で死亡した者が知られている。

しかし、近代医学の成立よりはるか以前から、天然痘に一度罹れば、二度と罹らないことが知られていた。つまり天然痘が運よく治った人々の体内には、天然痘ウイルスに対する抵抗力ができるのである。これが免疫にほかならない。

そしてインドでは古代から、天然痘患者から採取した膿を乾燥させ、これを健康な人々に接種して軽度の発症を起こさせ、天然痘に対する免疫を獲得させる予防法が行われていた。

この方法は18世紀初めに欧米に伝えられ、天然痘の予防に使用された。しかしこの方法で患者の膿の接種を受けた者の約2パーセントは天然痘を発症して死亡し、安全性に問題があった。

18世紀末、英国の田舎の開業医、エドワード・ジェンナーは、農家で牛の乳しぼりを行う農夫は天然痘に罹らない、という事実に着目した。牛の天然痘である牛痘に人が感染し発病しても、症状は軽く瘢痕も残らない。彼は農夫の子どもに牛痘を接種し、この子どもが天然痘患者の膿を接種されても、天然痘を発症しないこと、つまり天然痘に対する免疫力を獲得したことを確かめた。

こうして人類は、牛痘接種による天然痘予防手段を手にいれたのである。