3月、まん延防止等重点措置が全面解除された。自粛の影響で廃業を余儀なくされた飲食店も少なくないが、このような“人と人との接触を減らす”対策は果たして適切かつ必要なものだったのか。ウイルス学者の宮沢孝幸さんは「人と人の接触を8割減らさなくても、感染は8割減らせる。『100分の1作戦』を実行すれば」という――。

※本稿は、宮沢孝幸『ウイルス学者の責任』(PHP新書)の一部を再編集したものです。

ウイルス学者が提唱した「100分の1作戦」とは

「100分の1作戦」とは、感染門戸(目・鼻・口)に付着するウイルス量を、通常に感染する際の100分の1にするというものです。なぜ100分の1にするだけでいいのか。それについては、ウイルス学の知識を持っていただくと、理解できるのではないかと思います。

「100分の1作戦」のチラシ
画像提供=筆者
100分の1作戦

ウイルス感染というのは、実は単純ではなく、とても複雑です。ほとんどのウイルスでは、一つのウイルス粒子が一つの細胞に付着すれば感染するというわけではないのです。試験管内で一つの細胞に感染させるには大量のウイルス粒子が必要です。さらに、個体に感染する際には、一つの細胞に感染するウイルス量ではまったく足りないことがほとんどです(ウイルスの種類によって異なるので、一概にはいえません)。

ウイルスが細胞に感染するための条件

例えば、代表的なウイルスであるエイズウイルス(正式にはヒト免疫不全ウイルス。HIV-1と呼びます)について見てみます。HIV陽性者がHIV陰性者とコンドームなしのセックスをした場合の、感染確率はおおむね0.1%~1%と考えられています。100回から1000回のセックスをして1回感染が成立するというくらいです。陽性者の精液の中には多数のエイズウイルス粒子が含まれていますが、エイズウイルスのすべての粒子が感染性を持っているわけではありません。

HIVの場合は、ウイルス粒子100個のうちの一つくらいが感染性を有していると考えられていました。別の言い方をすると、一つの細胞に感染するのに100個程度のウイルス粒子が必要だということです。この点が細菌と異なるところです。

細菌の場合は一つひとつが生きていますから、条件が揃えば、一つの細菌でも、大量に増殖することが可能です。ただし、個体が感染したり、発症したりするには一定量以上の細菌数が必要です。牛乳は殺菌していますが、蓋を開ければ雑菌は混入します。大量に雑菌が増えた牛乳を飲むとお腹を壊しますが、少しの雑菌が混入したくらいでは、人はお腹を壊しません。しかし、牛乳の中に混入した雑菌は生きていて、条件が揃えば、つまり冷蔵庫に入れないで部屋に放置すれば、飲んだら病気を起こすくらいに増えてしまいます。

ところがその後の研究で、事はそう単純ではないことがわかりました。細胞の中には、HIVの感染を阻止する天然の感染阻害物質(宿主抵抗性因子)が存在して、細胞の中に侵入したウイルスを細胞内でやっつけていることがわかったのです。その阻害物質をかいくぐって、ウイルスが感染するためには、細胞内に一定量以上のウイルス粒子が侵入する必要があったということです。

少し難しい話になりました。ウイルスはすべてのウイルス粒子が感染性を有しているわけではなく、また、細胞に感染するためには、一定量以上のウイルス粒子が侵入する必要があるということです。