感染も“受精”も「集団突破」である

これは受精にも似ています。受精においては、多数の精子が卵子をめがけていきます。多数の精子の頭から出てくる酵素(ヒアルロニダーゼ)でまず卵細胞の周りの防護層(顆粒かりゅう膜細胞でできている層)を溶かし、タイミングよく到達した精子のみが受精をします。

同様に、ウイルスの場合も、多数のウイルスが宿主の細胞に侵入して、細胞内にある抵抗性因子のブロックを集団で突破して、うまくいったウイルスだけが感染を成立させるのです。つまり、感染も受精も集団突破なのです。

これは、細胞レベルの話ですが、個体レベルでも同様のことがいえます。一つの細胞に感染するウイルス量が感染門戸に付着しただけでは、個体には感染しません。何百、何千もの数の細胞に感染するウイルス量に曝露されない限り、個体は感染しないことが多いのです。逆にいえば、曝露されるウイルス量を大幅に下げれば、ほとんど感染しなくなるのです。

今回のコロナウイルスの例ではありませんが、動物実験によって、どのくらいの感染性のウイルス粒子が必要か、ある程度わかっています。

ネコの病原性コロナウイルスであるネコ伝染性腹膜炎ウイルスの場合は、ウイルス株にもよりますが、だいたい1万個の「感染性ウイルス粒子」が必要です。感染性ウイルス粒子とは試験管内で細胞に感染するウイルスをいいます。細胞に感染するのに100個のウイルス粒子が必要だとすると、個体に感染するには100万個のウイルス粒子が必要になるということです。ともかく、かなりの量のウイルス粒子がないと、個体レベルではウイルス感染は起こらないのです。

手洗いをすると、「新型コロナウイルス粒子が一つも残らないように」とゴシゴシ洗う人もいると思いますが、1個や2個の粒子ではまったく感染しません。しかも、そのウイルス粒子が感染性を持った粒子であるかどうかはわかりません。感染性を持った粒子が大量にないと感染は成立しませんから、ザッと手洗いをしてウイルス量を減らしておくだけで感染のリスクはかなり減らせます。

このメカニズムを知れば、マスク、手洗い、換気で通常の感染時に曝露されるウイルス量を100分の1に減らせば、感染の確率が極めて低くなることが理解できると思います。