現役世代の仕事の悩みは深い。92歳の精神科医・中村恒子さんは「会社は他人が作ったお金儲けのための、ただの箱。そこはあくまでも他人の箱庭なんやから、自分の思うような役割に就けなくても、気にせんでええ」という。54歳の精神科医・奥田弘美さんとの対談をお届けしよう――。

※本稿は、中村恒子・奥田弘美『うまいこと老いる生き方』(すばる舎)の一部を再編集したものです。

オフィスで働く成熟したアジアのビジネスウーマン
写真=iStock.com/Asia-Pacific Images Studio
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60代からは全く新しい景色が見える

【中村】役割ということでいえば、子どもがいる人は子育ての責任からも解放されるね。30代から50代の頃は、父親も母親も、色々な気苦労が絶えないものやけど。

【奥田】私もまだ大学生と高校生になる息子がいますが、まさに今も彼らに振り回されています……。

【中村】それも、子どもが成人してしまえば一段落や。孫のことが気になる人もいるやろうけど、それでも自分で子育てをしていた時代とは天と地ほど責任感が違う。私は息子夫婦と同じ敷地内に住んでるけども、彼らが子育てに奮闘しているのを「頑張りや~」って旗振って応援している感じや。

【奥田】まだまだ息子たちのために働かなければならない私としては、すごく憧れます。私が今の仕事を頑張っている大きな動機は、息子たちの教育費を稼ぐためですから……。教育費の負担がなくなったら、もっとゆったりと働きたいなと指折り数えている毎日です(笑)。

【中村】大丈夫。子どもが独立したあとは仕事も生活も、どんどん楽になっていくよ。私は子育てが終わってからもずうっと医者としての仕事を続けてきたけれども、60代ぐらいからは、全く気分が違う。それまでは先生と同じで、家族を養うために、生活するために稼がなあかん、と勤務医として必死で働いてきた。

仕事がなくなったら、たちまち困るから、院長から振られた仕事は、どんな仕事でも「ハイハイ」って引き受けてきたわな。私らは上の人からの命令にはノーと言ったらいけないって躾けられた世代やから、ひたすら言われるままに仕事をこなして、手にした仕事は手放さないようにしてきたんや。

子どもが独立してからは気楽に

【奥田】今も昔も子育て中の男女は、多かれ少なかれ同じプレッシャーを感じながら仕事に食らいついていると思います。家族のためにと生きがいを感じる反面、ときどき「あ~、しんどいな……」と疲労感を覚えることも少なくない。でも先生は、お子さんたちが一人前になって自分たちで稼いでこられるようになってから、ずいぶん心境が変化されたようですね。

【中村】そうや。子どもたちが独立してくれてからは、仕事は「いつ辞めてもええから、人の役に立つ間だけ無理せずに働かせてもらいましょ」って心境で、すごく気楽になったね。職場でも中心になってバリバリ働く気分ではなくて、若い人たちのサポーター役のような心境になった。

それに60歳を過ぎると、さすがに勤め先の病院も「もうあの先生は歳やから、あんまり仕事を頼んだら病気になる」ということで、だんだん仕事は減ってくるしね。人生うまいことできとるわ(笑)。