総額1400億円の「世界最大の賄賂」をドローンで撮影

ナワリヌイとそのチームの真骨頂は、強大な権力をふるうプーチン政権の裏側を、映像や資料を駆使して具体的に明らかにすることだろう。

2021年1月に公開された調査動画のタイトルは「プーチンのための宮殿」。ロシア南部の黒海沿岸に建設された豪邸をドローンで撮影するとともに、豪華な内装の劇場やカジノをCGで再現し、建設費は総額1400億円と指摘。プーチン大統領と親しい資産家などが建設費を負担したとして、「世界最大の賄賂」だと主張している。

政権側は否定する一方、プーチンに近い実業家がホテルとして建設しているものだと名乗り出た。このことは、プーチンに近い人間が富や利権を分け合っているという、ナワリヌイが指摘した実態を裏付ける結果となり、人々は「絶対的な権力は絶対的に腐敗する」実例と受け止めたことだろう。

こんなに汚職の疑いや不条理がはっきりしているのに、なぜプーチンの人気が衰えないのか。ナワリヌイがなぜ有力な政治家として支持を集めないのか。抗議行動が頻繁に起きてもなぜ政権がひっくり返らないのか。ロシアやプーチン体制に特殊性があるのか。本書は、こうした疑問の答えを導くヒントを与えるものとなろう。

プーチンの政敵ナンバー1と言われる存在に

ここで本書の主人公、ナワリヌイについて振り返っておこう。

反体制派の野党指導者であるアレクセイ・ナワリヌイは、1976年、モスクワ近郊で生まれた(本書出版時点で45歳)。2000年、リベラル派の野党のメンバーとなり、2007年から、国営企業の少数株主として企業の不正などを追及する活動や、インターネットでプーチン政権の汚職を告発する活動をはじめ、2010年ごろまでには、若者たちに人気のブロガーとして名前を知られるようになった。

一躍有名になったのは、プーチンが大統領に復帰することを決めた2011年から大統領選挙のあった2012年にかけての抗議行動だ。プーチン政権の腐敗ぶりや下院選挙の不正を追及し、プーチン政権与党の統一ロシアを「詐欺師と泥棒の党」と厳しく非難。

これが多くの人たちの支持を集めた。ナワリヌイは、その後も野党指導者、反体制派として活動を続け、プーチンの政敵ナンバー1と言われるまでの存在となってきた。

毒殺未遂から奇跡的に回復も、現在はロシアで収監中

内外に衝撃を与えたのは、2020年8月の毒殺未遂事件だった。ロシア国内を航空機で移動中に突然体調を崩して意識不明の重体となり、ドイツの病院に搬送されて治療を受け、奇跡的に意識を回復した。

原因の究明にあたったドイツ政府は、ナワリヌイが、旧ソビエトで開発された神経剤「ノビチョク」と同じ種類の物質に攻撃されたと発表し、内外でプーチン政権に対する批判が強まった。

それでもナワリヌイは2021年1月、療養先のドイツからロシアに帰国。本書の冒頭は、帰国する航空機の描写から始まっている。到着したモスクワの空港で、過去の刑事事件で執行猶予付きの有罪判決を受けながら出頭の義務に違反したという理由で逮捕された。その後、裁判所がナワリヌイの執行猶予を取り消し、収監されたままとなっている。