衆院解散について記者団の質問に答える岸田文雄首相=2021年10月14日午前、首相官邸
写真=時事通信フォト
衆院解散について記者団の質問に答える岸田文雄首相=2021年10月14日午前、首相官邸

「日本とロシアが領海侵犯で英政府に抗議」という場面

岸田政権発足と並行して公開された映画007シリーズの25作目『No Time To Die』は、日系4世のキャリー・フクナガ監督の趣向からか、「日本」がしばしば登場する。

画像=映画007シリーズ『No Time To Die』オフィシャルサイトより
画像=映画007シリーズ『No Time To Die』オフィシャルサイトより

ラミ・マレック演じる悪役は、能面を愛用し、要塞のアジトを枯山水や盆栽、畳で飾り付け、お辞儀や土下座のシーンもある。要塞の島は「日本とロシアが領有権を争う小さな島」という設定で、北方領土の歯舞諸島に当たりそうだ。

終盤では、細菌兵器を培養する要塞を攻撃するため、英軍のミサイル艦が島に接近し、「日本とロシアが領海侵犯で英政府に抗議」という場面がある。実際の撮影は、デンマークのフェロー諸島で行われた。

007第1作の『ドクター・ノオ』が封切られたのは、米ソ冷戦華やかなりし頃の1962年だった。冷戦の落とし子でもあるジェームズ・ボンドが、戦後の冷戦構造が微動だにしない「北方領土」を舞台に躍動するのは象徴的なシーンかもしれない。映画は、戦後76年を経ても日露間に領土問題が存在することを世界に想起させた。

宏池会の先輩・宮澤外交の大失敗

筆者の私見では、過去76年の北方領土問題の歴史で、日本に有利な形で解決できた唯一のチャンスは、ソ連邦崩壊直後の1992年だった。

新生ロシアのエリツィン初代大統領は、スターリン外交を否定し、圧倒的な経済力を誇った日本の経済援助に期待し、北方領土問題の早期解決を働きかけた。92年の日本の国内総生産(GDP)は、ロシアの42倍だった(現在は約3倍)。

92年3月、ロシア側は「歯舞・色丹の返還交渉、国後・択捉の帰属交渉の同時協議」という非公式提案を提示したが、これは旧ソ連・ロシア側が戦後出してきた最も柔軟な解決案だった。

しかし、当時の宮沢喜一首相は外務省に交渉を委ね、モスクワを訪れることもなかった。「4島一括返還」にこだわる外務省ロシアスクールは、本格交渉を行わず、千載一遇のチャンスをみすみす逃してしまった。

北方領土交渉の現状は冷戦後最悪と言っていい。安倍晋三氏とプーチン大統領の首脳交渉が破綻した後、ロシアは昨年「領土割譲禁止」の憲法改正を行うなど強硬姿勢を強めている。

外交はタイミングがすべてであり、今日の北方領土問題の混迷は、絶好機に何もしなかった宮澤政権に責任がある。

岸田文雄首相は昨年出版した著書『核兵器のない世界へ 勇気ある平和国家の志』(日経BP)で、宮澤を「宏池会の先達」とし、親米ハト派の宏池会外交を継承する意向を示したが、「宮澤対露外交の失敗」は肝に銘じるべきだろう。