ヤンゴンに残る家族が気がかりだ
「悪夢が始まって2カ月が経ちました」。J(仮名)は友人らに送るつもりのメールにそう書き出した。しかしJのメールは今も未送信ボックスの中だ。メールが見つかったら、Jと家族の命が危ない。クーデターが起こり2カ月、Jはメールを送らぬまま、ミャンマーを去った。
「いつまた家族に会えるかわからない。最低でも2年と自分に言い聞かせているの」。金融業界で国際的に活躍していたJは、住み慣れた故郷を離れ、タイ・バンコクで新しい仕事に就いた。キャリアアップはしたが、心から喜べない。「私を心配して、クーデターが起きた直後にバンコクでの仕事の誘いがきた。またすぐに日常が戻ると信じていたから、当時はオファーを真剣に考えなかった」
「家にいてもいつスナイパーに襲われるかわからなくて、窓の近くには近寄らない。バンコクでは、久しぶりに普通に道を歩けた」
自由を噛み締めながらも、心は平穏でいることはできない。ヤンゴンに残る家族が気がかりだ。
「自分は恵まれている」。長男でも長女でもない自分が家族で唯一、外国の教育を受けさせてもらえた。だからこそ国外に出られた。