「良いイノベーション(革新)は当局の監督を恐れない」

10月24日に上海で開かれた金融フォーラムでの公演で、馬氏は「良いイノベーション(革新)は当局の監督を恐れない。ただ、古い方式の監督を恐れる」と発言し、現在の中国の金融監督、規制が今の時代にそぐわないと強調した。同じ会議で馬氏の前に登壇した王岐山国家副主席は、金融リスクを防ぐためにイノベーションと強力な規制の間でバランスをとる必要性を主張していただけに、中国の国営メディアは馬氏を激しく批判し始めた。

馬氏といえば、教師から起業し、「アリババ帝国」を築き上げた今の中国にとってはまさに立志伝中のカリスマ的存在の経営者であり、国民からも広く尊敬されている。それだけに国営メディアによる馬氏への痛烈な批判は異例ともいえる。その意味で、土壇場でのアントのIPOの中止は、習政権の逆鱗に触れ中国共産党員でもある馬氏の鼻をへし折ったととらえることもできそうだ。

ただ、証監会の報道官はアントの上場中止が決まった翌4日の声明で「金融監督・規制に重大な変化あったため、アントの性急な上場を回避した。投資家と市場に対して責任ある対応だ」として、アントの上場中止を正当化した。

フィンテック企業に対する圧力は、アントだけにとどまらない

アントは電子決済アプリ「支忖宝(アリペイ)」を運営し、その利用者は10億人を超える。キャッシュレス決済が当たり前のように広く浸透している中国において、アリペイは国民生活とは切っても切れない存在の金融プラットフォームだ。アントはその顧客基盤を活用して融資や資産運用など幅広い金融事業サービスを展開し、急速に勢力を拡大している。

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しかし、ITと金融を組み合わせたフィンテック企業の急速な台頭に対しては、習政権は警戒感を強めている。事実、10月末には劉鶴副首相が率いる金融安定発展委員会がフィンテック企業を規制する必要性を強調していた。

アントのIPO中止はその意味で、アリババグループが中国経済を牽引する重要な企業であるにしても、民間企業が習政権の下で経済統制を強める共産党の意向には背けないという事実を如実に表した。それは同時に、台頭するフィンテック企業に対する圧力は、アントだけにとどまらないことも暗示している。