使命は「日本の音楽界を変えること」

こうなったら、ここまで溜め込んできた想いのたけをすべて小澤先生に話してみよう。そう思い、その夜、私は意を決して先生のお宅に出かけました。

大友直人『クラシックへの挑戦状』(中央公論新社)

小澤先生の家では、その晩ホームパーティーが行われているところでした。思いつめている私の気持ちなどつゆ知らず、先生はどうやら、私があのような態度をとるのは、ホームシックにかかっているからだろうとお考えになったようで、「うちに寅さんの映画があるから、観ていきなさい」とおっしゃいました。

私はそうしてその夜、小澤先生の部屋で、特に観たいわけでもない寅さんの映画を、延々観るハメになったのでした(寅さん映画は大好きですが)。

小澤先生がそのときおっしゃったことを、私は今でも覚えています。

「君、こんなビッグチャンスをつぶすなんて、どういうことなのかわかっているのか。僕はチャンスをつぶしたことも、そこで失敗したことも、一度もないぞ!」

音楽家として、チャンスをつぶしたことは一度もない。そう思えるのは、本当にすごいことだとつくづく思います。もっとも、「ああ、結婚は一度失敗したけれどネ」なんて冗談もおっしゃっていましたが。

そのとき、いくら小澤先生から厳しい言葉をかけられても、自分にとっての使命は世界を舞台に活躍することより、日本の音楽界を変えていくことだという考えは変わりませんでした。

それから数年後、小澤先生にお会いしたとき、いくつになったのかと聞かれたので30歳だと答えると、「君、まだ日本にいるのか。もう手遅れだな」と言われました。これにはショックを受けたところもありましたが、私はすでに我が道を行くことを心に決めていたので、自分はこれでいいのだとすぐに思い直しました。

その後、小澤先生とは何度かお会いする機会がありましたが、現在に至るまで私が自分の心情を吐露したことは、結局一度もありませんでした。

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