「作家は書く人、売るのは出版社」は正しいか
――『新・魔法のコンパス』を読んで、西野さんの発信力の強さの秘密がわかりました。自分で本を売る力のある西野さんにとって、出版社にはなにを期待しているんですか。
【西野】ときどき、「売る能力のある作家はもう出版社を通さなくていいんじゃないか」という意見を耳にします。お金だけの面でいうと、たしかにそうかもしれません。しかし、僕はむしろお金を払ってでも出版社から本を出したいです。
本屋さんの棚面積を個人で押さえるのは、なかなか難しくて、そこには出版社が長年かけて積み重ねた信用が必要だからです。
本屋さんに関しては、地方の70歳、80歳のおじいちゃんおばあちゃんも自分の作品の前を通ってくれますが、ネットではその層にリーチできません。ネットの中で生きていると、それが世界のすべてみたいになりますが、日本の99%は田舎でほとんど高齢者。ネットなんて誰も見てないです。
僕が出ている「なんばグランド花月」という吉本の劇場には、毎日観光客の方が900人くらい来られますが、ネットでバズったワードなんてまったくウケませんから。
――出版社に求めているのは、棚を確保する機能だけですか。たとえば従来、出版社が担っていた販促力はどうでしょう。
【西野】その努力も絶対必要だと思います。そこはサボっちゃダメですよ。
――最近、幻冬舎の見城徹社長が作家の津原泰水さんの実売部数を明かすなどツイッター上で揶揄し、謝罪に追い込まれました。あの衝突の背景には「作家は書く人、売るのは出版社」という分業意識がありそうです。今後、作家と出版社の役割はどう変わっていくのでしょうか。
【西野】僕ら世代は「いいものを作れば売れた時代」を経験していません。僕はタレントとして2000年、本書く人としては2009年デビューで、TVバブルと出版バブルも経験していないんですよね。不況ネイティブ世代なので、常に「作家が売らなきゃいけないだろう」と思っちゃってる。
一方、バブル時代を経験されている方が、「作家は書く人、売るのは出版社」と思うのも自然なことで、どっちが正しいという話じゃなくて、たぶん生きた時代が違うんですよね。
数字から目を背けるのが一番気持ち悪い
――西野さんが本を作るときは、クリエイターとして作品ありきで考え始めるのか、それとも最初から売ることを射程に入れながら考えていくのか。どちらでしょう。
【西野】絶対に作品ありきです。とはいえプロなので、数字から目を背けるつもりもありません。
僕が一番気持ち悪いのは、「売れてるものは悪だ」みたいな雰囲気。
その理屈を通してしまうと、文化ごと死んでしまうので、ちょっと苦手かもしれないです。
よく言われますが、出版の世界も売り上げの上位2割が下8割を支えています。売れている作品のおかげで、売れていない作品が世に出せているわけですね。少なくとも全作家が処女作で、その恩恵を受けている。
業界全体を支えるためにも、売れてるものは認めないといけない。その作品が好きかどうかはまた別の話ですが、売れている本があれば、僕はその理由を考えたいです。
――それを考えようとしない人を、西野さんはどのようにご覧になっていますか。
【西野】一緒に頑張ろうとは思いますけど。それ以上は言いません(笑)。作り手は人のことをワッと言うんじゃなく、その時間を使って自分の作品を手売りしたほうがいい。そのほうがみんな幸せになるし、僕はそっちのほうが好きです。