トレードマークのかかしが“愛されキャラ”として定着

それを話し出すと長くなるし、本稿のテーマと離れてしまうので、興味のある方は拙書『愛の山田うどん 廻ってくれ、俺の頭上で!!』『みんなの山田うどん かかしの気持ちは目でわかる』(いずれも河出書房新社)を読んでいただけると幸いだ。

ふじみ野店(写真提供=山田食品産業)

この2冊は2011年、共著者のえのきどいちろうと僕が若き日によく食べていた山田うどんの話で盛り上がったとき、ネットの検索ワードのトップが<山田うどん まずい>となっていることを発見して愕然。再評価運動をしなければ、と燃え上がって作った本(もちろん山田うどんからは何も頼まれていない)。

ちょっと我田引水だが、どうもこのあたりから、山田うどんに追い風が吹き始め、トレードマークのかかしが、“愛されキャラ”として定着してきたように思う。単なるローカルチェーンの域をちょっとはみ出す、面白みのある企業というイメージだ。

1960年代にいち早く、かかしの絵柄の回転看板を導入

その山田うどんが2018年7月、屋号の変更に踏み切った。

新屋号は「ファミリー食堂 山田うどん食堂」(社名は山田食品産業株式会社で変更なし)。短い中に二度も“食堂”が入っている素人っぽさに、広告代理店を使わない山田らしさが発揮されている。それはさておき、馴染みのある山田うどんという屋号を、なぜ変えるのかと疑問を抱く人も多かったことだろう。だが、これには事情がある。

山田裕朗社長自ら「ウチは町のうどん屋が大きくなっただけの会社です」というように、山田うどんは製麺屋からスタートし、1960年代にいち早く、かかしの絵柄の回転看板を導入してロードサイドへ進出、フランチャイズ制を取り入れて店舗数を増やしていった歴史がある。会社が成長しても他の事業には手を出さず、地道な商売を続けてきた。

しかし、商売の仕方は昔ながらの面が多い。山田社長は、競争の激しい外食産業で生き残っていくためには、トップの経験と勘に頼った商売から、きちんとデータを管理し、会社全体で成長していく普通の企業に変えていくことが必須である、と考えていた。

山田うどんを急成長させた先代会長が2012年に没して以来、新規出店をストップして採算の取れていない店舗を整理し、守りの経営に徹していたのも、攻めるタイミングを見極めるためだ。攻めるからには思い切った手を打つ。第二の創業期のつもりで勝負に出る。

それが2018年7月になったのは、同年春に故・会長の7回忌があったためかもしれない。僕が屋号変更と新規出店開始を山田社長に聞かされたのは、縁あって呼んでいただいた7回忌の席でのことだった。

屋号の変更は、山田うどんが生まれ変わろうとしていることをお客さんに示すだけではなく、店の実態と屋号のズレを修正する意味もある。メニューを見ればうどんだけではなくラーメンや定食、サイドメニューに至るまでやたらと幅が広い。うどんが大きな柱であることは確かだが、専門店ではないのだ。

これをどう考えるか。