埼玉のソウルフード「山田うどん」が、昨夏から屋号を「ファミリー食堂 山田うどん食堂」に変更した。名物だった「回転看板」も順次やめている。なにがあったのか。同店に関する著書があるライターの北尾トロ氏は「新屋号には『食堂』が2つあって素人っぽい。うどんも特別うまいわけではない。ただ、だからこそ愛されている」と指摘する――。
看板は回らなくなったが、新ロゴはかかしの口が笑顔に(以前は口がヘの字だった)。さいたま丸ヶ崎店(写真提供=山田食品産業)

ヒット映画『翔んで埼玉』で再び脚光を浴びる「山田うどん」

大ヒット映画『翔んで埼玉』で、またしても“埼玉のソウルフード”山田うどんが話題だ。ストーリーの要所要所に映り込んでは観客の笑いを誘っているみたいで、<翔んで埼玉×山田うどん>で検索すると、映画の感想とともに、「山田うどんに行きたくなった」というコメントがずらずら出てきて、なんだかみんな楽しそうだ。

こうなることはある程度予想していた。

とくに仕掛けたわけでもないのに、定期的に盛り上がる。埼玉県所沢市に本社を置き、関東だけで展開するローカルうどんチェーンなのに、店舗のない地域に住む人もなぜか名前が知られ、訪れたことも食べたこともないファンが大勢いる不思議なうどん屋、それが山田うどんなのである。

わかりやすい例では、アイドルグループ・ももいろクローバーZ(ももクロ)のファンが挙げられるだろう。ももクロのライブ会場では山田うどんの出店ブースに長蛇の列ができるのがおなじみの光景だ。

これは、マネージャーである川上アキラ氏が、若き日に山田うどんでバイトしていた関係で、売れない時代から名物の“パンチ”(もつ煮込み)をメンバーに食べさせていたのがきっかけだった。そういうことならと、山田サイドも差し入れなどで協力。スーパーアイドルグループとなってからも変わらぬ関係を続けるうちに、ファンの間でももクロと縁のある特別な店として認知されるようになったのである。狙ってそうなったわけではないのだ。

また男性デュオ・吉田山田のファンの聖地は、ふたりの色紙などが飾られている山田うどん蒲田店である。しかし、これも全然仕掛けたものではなく、売り出し中の吉田山田が、名字が一緒ということで山田裕朗社長を訪ねたことに端を発している。では協力しようとなり、店内BGMで曲をかけるようにしたところ、2013年に『日々』が大ヒットし、全国の吉田山田ファンに名前を知られることになった。

埼玉のソウルフードと言われるが、その味を絶賛する者は少ない

山田うどん自身は何か狙っているわけでもないのに、宣伝費を使うこともなく勝手に知名度が上がってしまう。山田うどんは埼玉県を象徴するアイコンのひとつとなり、“埼玉のソウルフード”と呼ばれる機会もめっきり増えた。

そして、ここが最大の特徴なのだが、ソウルフードとまで言われているのに、その味を絶賛する者は少ないのである。僕も飛び抜けてうまいと思ったことはない。ひとことでいうなら、普通のうどんだ。安くてボリュームがあって、食べるとなんだかホッとする味ではあるが、もっとおいしい店はたくさんある。山田うどんの社員が「うちのうどんは、まぁ普通です。あまり持ち上げないでください」と言うのだから間違いない。

では、何が人々を惹きつけてやまないのか。