【菊澤】そこに、不条理回避のヒントがあるのではないかと思っています。昔は、最新の科学的知識が中国から入ってきたため、科学的知識のことを「漢心(からごころ)」と言い、その反対語が「大和心」でした。それは、非科学的な価値判断に関わることであり、ある状況を見たときに、良いか悪いか、もし悪いとすれば、何をすべきか。ある人が悲しんでいる。それを無視することは良いかどうか。良くないなら、何をすべきか。まさにこれは人間としての誠実さ、真摯さに関わることであり、これを非科学的だと恐れるべきではないと小林秀雄は言っています。

失敗の本質』と『組織の不条理』。どちらも大東亜戦争における日本軍の失敗を分析しているが、切り口が異なる。

つまり、小林秀雄の「大和心」は、業績や成果が高いかどうかという観点から科学的に従業員を評価するだけでなく、さらにそのうえで従業員が誠実かどうか、正しい行動を行おうとしているのかといった非科学的な点にも注意し、誠実な従業員を高く評価するマネジメントとしても解釈できます。

【佐藤】私が外交官時代、尊敬していた上司で、外務省の元欧亜局長だった東郷和彦さんという方がいます。お祖父様は東郷茂徳元外相、お父様は東郷文彦元外務事務次官で、駐米大使もされた方です。そんな東郷さんがお父様からこう問われたことがあるそうです。「世の中には4通りの外交官がいる。能力が高くて士気も高い外交官。能力が高くて士気の低い外交官。能力が低くて士気の高い外交官。能力が低くて士気も低い外交官。そのうちのどれが一番悪いと思うか」と。そのとき東郷さんは「能力が低くて士気も低い外交官だ」と答えた。すると、お父様は「そうではない。能力が低くて士気も低い者は何もしないから、邪魔にはならない。むしろ、能力が低くて士気の高いのが一番悪い」と言ったそうです。当時は反発したそうですが、仕事を重ねるうちにお父様のほうが正しいことがわかったと言っていました。

これは「能力」と「士気」を二項対立として立てたわけですが、もし「能力」と「忠誠心」で立てれば、おそらく一番危険なのは、「能力が高くて忠誠心の低い人」です。誠実な人をいかに評価するか。それが組織にとって重要だと言えるのではないでしょうか。

【菊澤】まさに企業も一緒でしょう。例えば、ビジネスでカネ儲けするのは非常にうまいけれど、不正をするかもしれないという部下は一番危険な人物です。利己的利益を追求する人たちばかりが増えると、いつかどこかで、正しいことを無視して効率性だけを追求する不条理に陥ってしまうでしょう。

佐藤 優(さとう・まさる)
作家・元外務省主任分析官
1960年、東京都生まれ。85年同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。在ロシア日本大使館勤務などを経て、作家に。『国家の罠』でデビュー、『自壊する帝国』で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。
 

菊澤研宗(きくざわ・けんしゅう)
慶應義塾大学教授
慶應義塾大学商学部・大学院商学研究科教授。慶應義塾大学大学院商学研究科博士課程修了。防衛大学校教授などを経て現職。専門は組織の経済学、戦略の経済学、比較コーポレート・ガバナンス論。
 
(構成=國貞文隆 撮影=村上庄吾)
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