交渉では「対立する主張を足して2で割る」という解決策がとられがちだが、より創造的なアプローチをとれば、論争中の価値の半分以上を双方が手にすることができる。
2000年7月、アメリカ証券取引委員会(SEC)委員長(当時)のアーサー・レビットは、監査人の独立性の問題に関する聴聞会を開いた。SECの会計スタッフや多くの学者(私もその一人だった)が、監査人と顧客企業の密接なつながりは利害相反を招き、アメリカの金融市場を危うくするおそれがあると考えて、監査人がクライアントにサービスを「クロスセリング」(抱き合わせ販売)したり、クライアント企業の職に就いたりすることを禁止するなど、新たに厳しい基準を盛り込むべきだと主張した。
これらの改革案は、監査業界の「ビッグ5」による強い反対にあった。なんらかの行動をとらなければと認識していたSECは、有意義な改革を推し進めるかわりに妥協する道を選んだ。監査法人に、独立性の問題に関わる取引関係を開示するよう義務づけるとともに、この問題を本当に解決するには小幅すぎて役に立たないさまざまな手直しを行ったのだ。
SECの聴聞会から約1年後の01年10月、エネルギー商社エンロンが、01年第3四半期に6億1800万ドルの赤字を出したと発表し、株主資本が12億ドル減少したことを明らかにした。エンロンの株価は急落し、同社はまもなく倒産した。株主や元社員は、エンロンとその監査人アーサー・アンダーセンを、詐欺行為で訴えた。その後1年もしないうちに、アンダーセンは連邦地裁の刑事裁判において司法妨害で有罪とされた。
エンロン崩壊とアンダーセン失墜、それをきっかけに01年から02年にかけて相次いで明るみに出たアメリカ企業の粉飾決算は、SECが00年にもっと力強く行動して有意義な監査改革を行っていたら避けられていたかもしれない。しかし、分別ある人間は妥協するものとされている。これはおおむね正しいのだが、妥協には隠れた危険がともなうのである。おそらく最もよくある危険は、より創造的な解決策をとれば、論争になっている価値の半分以上を双方が手にできる場合でも、ネゴシエーターは「対立する主張を足して2で割る」傾向があることだろう。
妥協は、継続的な付き合いをしている相手との小さな対立に対処するには効果的な方法だ。しかし、妥協がすべての関係者にとって害になる状況下で、対立する主張を足して2で割ったら厄介なことになる。本稿では、双方に利益になるトレードオフを阻むものとしての妥協の問題にとどまらず、より賢明でより大胆な策について議論するよりも妥協することを選ぶという、ネゴシエーターのさらに厄介な傾向をも見ていくことにする。