内出血で顔が膨れ上がり、肉親もわが子と識別できなかった

食事もろくに与えられず、1月4日、彼女が布団の上で「失禁」すると、少年たちは怒り狂い、殴る蹴るした挙げ句、100円ライターで手足を炙ったそうである。

そうしておいて、奴らは遊びに出掛けてしまう。夕方、部屋に戻ると彼女はすでに死んでいた。

監禁前には50数kgあった体重が、殺される前には32.3kgになっていたそうだ。

「翌五日夜、紺のスカートに格子柄のシャツ姿のF子(『文春』では実名)さんは、二枚重ねにしたカバー付き毛布でロール巻にされる。さらに、粘着テープでグルグル巻きにされたうえ、旅行用のキャリアバッグに押し込まれる。

そのあと、知人から借りてきたワゴン車に遺体を運び込み、車内で、工場から盗んできたドラム缶にそれを放り込むのである。もちろん、流し込んだセメントも盗んできたもの。殺害の手口も凄絶だが、死体の処理もマフィア顔負けだ」(『文春』)

遺体はむちゃくちゃに殴られ、内出血で顔が膨れ上がったままだったため、肉親でさえもわが子と識別できなかったという。

部屋からは避妊具が発見されなかったため、妊娠についても調べたが、損傷がひどくてわからなかったようだ。

再び野に放たれた野獣はどうなったのか

これだけの残虐な事件を起こした連中が、少年法に守られて死刑にもならず、最長20年ぐらいで刑務所を出られることへの批判は当時も多かった。

そうした世論を受けてのことであろう。東京家裁は4人の被疑者を少年審判の結果、「刑事処分が相当」として東京地検に逆送致する決定を出し、東京地検は殺人・猥褻目的略取誘拐・逮捕監禁・強姦などの各罪状で少年4人を東京地方裁判所に起訴したのである。

判決は、Aには「主犯格で罪責は極めて重大」として懲役20年。Bは懲役5年以上10年以下の不定期。Cは懲役5年以上9年以下の不定期。Dは懲役5年以上7年以下の不定期刑だった。

この残虐な事件でも改正されなかった少年法だが、1997年に起きた神戸連続児童殺傷事件でようやく改正されることになった。

2000年から刑事処分可能な年齢を16歳以上から14歳以上に引き下げられ、16歳以上の少年が故意に被害者を犯罪行為によって死亡させた場合、家庭裁判所から検察官へ送致することができ、成人と同じ刑事裁判を受ける手続きが整ったのである。

事件から29年が過ぎた。20年の刑をいい渡された主犯のAを含めて4人全員が娑婆に戻った。

再び野に放たれた野獣はどうなったのか。『週刊新潮』(9/6号、以下『新潮』)などによると、準主犯格の男は2004年に逮捕監禁致傷容疑で逮捕されている。主犯格の男も詐欺容疑で逮捕されたそうだが、完全黙秘を貫いたため不起訴処分となり、その後消息は不明だという。兄弟の兄のほうは自宅に引きこもるようになった。