※本稿は、「プレジデント」(2018年6月18日号の特集「聞く力 入門」の記事を再編集したものです。
自己満足が真実を聞き逃す
誰かの話を聞くときに、大事なことは3つあると思います。まず、当たり前ですが相手の話を途中でさえぎらないこと。それから、相手の話に合わせて何か反応しなくては、と思わないことです。どう反応しようか考えているうちに、相手の言葉を聞き逃してしまうかもしれませんから。
そしてもうひとつ大事なことは、自分の心の動きに注意することです。相手の話を聞くこと以外の、なにか自己満足的な動機が生まれていないかどうか。なにか気の利いたことを言おうとか、ユーモアのセンスがあるところを見せようと人はしばしば思うものですが、聞き手が本当にしなければいけないことは、相手の言葉の中の真実をつかむことのはずです。本当は、聞く側はずっと黙っているべきなのかもしれません。
私は今、作家として活動していますが、書くことは「自分の話を聞いてほしい」という欲求とつながっています。
フォリオ賞、国際IMPACダブリン文学賞など国際的文学賞を受賞した『ファミリー・ライフ』は、インドからアメリカに移住した親子4人の家族の物語です。主人公の8歳の少年が新天地での生活に戸惑う中、学業優秀な兄は地元の難関高校への入学資格を得ます。しかし、入学直前に兄はプールで事故に遭い、重い脳損傷により寝たきりになってしまうという内容ですが、これは実際に私の家族に起こった話でもあるのです。
父と母は寝たきりの兄の介護に、徐々に疲弊していきました。そのため、小説を書き始めた10代のころは、家族の中で自分は無視されていると感じていて、孤独でした。ほかの人たちに自分の話を聞いてほしい、自分の痛みをほかの人にも理解してほしいという思いが、書くという行為につながっていました。だから最初のうちは、「人の話を聞くこと」は創作の中ではあまり重要ではありませんでした。
でもどこかある時点で、自分の中にある材料は尽きてしまう。そうすると変化が起きて、ほかの人の話を聞く必要が出てきます。そうでないと、同じ話を何度も繰り返し書くことになってしまいますからね。