「定年って生前葬だな」。脚本家の内館牧子氏が2015年に発表した小説『終わった人』は、こんな衝撃的な独白からはじまる。多くのシニア世代から共感を得て、現役世代を戦慄させた本作から、私たちは何を学ぶべきなのか。映画化(6月9日公開)に際し、内館牧子氏が語る――。
映画『終わった人』のワンシーン。主演は舘ひろし、黒木 瞳。(c)2018「終わった人」製作委員会

「定年したら妻と温泉」はやせ我慢だった

私がこの本を書こうと思ったのは、まわりが定年を迎えた頃のことでした。急にクラス会やサークルの集まりが増えたんです。そこでは、かつてのエリートたちがみんな暇になって、「終わって」いた。

そのとき、ふと思い出したのは、40年ほど前に聞いた「定年する人たち」の言葉です。

私は新卒で、コネで三菱重工に入社し、社内報を編集する部署にいました。そこでは定年を迎える人たちに全員に「第2の人生はどうなさいますか」と質問し、毎年記事にします。圧倒的に多かった答えは、「孫と遊ぶ」、「妻と温泉に行く」、そして「バラを育てる」「菊を育てる」。つまり、孫に生きるか、家庭に生きるか、趣味に生きるかの3択です。

当時、私は若く、さして仕事に生きがいも感じていなかったので、彼らの言葉をそのまま受け取り、「もうラッシュにもまれることもなくていいですね」なんて答えていました。

でも、彼らの言葉はやせ我慢だったんじゃないかと気づいたのは、シナリオライターとして駆け出した頃のこと。自分も仕事の面白さを知って、はじめて彼らの「もっと働きたい」「社会から必要とされたい」という本音が見えてきたんです。

そして、さらに20年後、定年を迎えたまわりの人間を見て、改めて「あれは本音じゃなかったな」という確信が持てた。それで、特技のないエリートを主人公にして、彼が定年後の第2の人生に悪戦苦闘する小説を書こうと思いました。

「終わった人」。同時にタイトルも思い浮かんでいました。

東大法学部卒の銀行員が地獄を見る3つの理由

『終わった人』の主人公・田代壮介に特定のモデルはいません。私が見聞きした「第2の人生への軟着陸が難しい男」の要素を集めたのが彼です。

壮介は、東大法学部卒の銀行員。こう聞くと輝かしい経歴ですが、実態は「元エリート」です。メガバンクで出世街道を走っていたのは40代の頃までで、最後は社員30人の関連会社の専務取締役で定年を迎えます。

定年後の壮介が地獄を見ることになった原因は大きく3つ。ひとつは、サラリーマンとして「成仏」していないことです。