私が思うに、定年を迎えた人がまずやるべきなのは、「自分の第1ステージは終わった」と観念すること。「自分はまだまだやれる」と思うかもしれないけど、本当にまだやれる人には、世間からお呼びがかかる。

安倍首相は「終わった」から5年後に戻ってきた

実際、定年してから請われて顧問になったり、壮介のように50代で関連会社に飛ばされたのに、何年かたって本社に呼び戻されたりした人を、私も何人か知っています。本当にまだやれる人だと周囲が認めたわけです。もちろん、会社員の場合は、運・不運も多分にあるので、実力ばかりとは言えませんけど。

第1次安倍内閣が終わったとき、誰もが「安倍さんは終わった」と思った。本人だってそう思ったでしょう。でも、5年後には第2次安倍内閣として、華々しく帰ってきた。これは、運とタイミング、そしてまわりからの「まだやってください」という要望があったからだと思います。

脚本家の内館牧子さん(撮影=原 貴彦)

貴乃花はまだ「終わって」いない

そういう意味では、貴乃花親方も今は世間から「終わった人」と思われているでしょう。「理事」から親方の階級でもっとも低い「年寄」に降格し、貴乃花一門の名前も消えるのですから。でも、貴乃花親方はまだ45歳。私は横綱審議委員だったとき何度も会って話していますが、彼は本当に相撲界のことを考えている、実力のある人物です。あの人にはたくさんの人が期待している。だから、きっとまた戻ってくるだろうと思います。

でも、誰もがご承知のように、「終わらない人」のほうが珍しい。普通の人は、それなりの年齢になったら「現役時代は終わったな」と受け入れる方が、働きやすいのではないかしら。

意外かもしれませんが、「終わる」と面白いこともあるんです。私も54歳から大学院に行きましたが、これは「土俵も男女共同参画に」という嵐が吹き荒れる中、相撲に関連して伝統というものを学んでおきたかっただけのこと。社会の役に立つとも思っていないし、社会も私に何かを期待してない。

でも、だからこそ自分のやりたいことを好きなようにできる。やってみてあんまり面白くないな、疲れたな、もういいやと思ったら、そこでやめても全然構わない。こんな自由は現役時代の人にはないはずです。終わったからこそ、得る楽しさです。

これまたふとやりたくなって、中村太地七段という今をときめく王座に将棋を習っていました。将棋が面白いのは、敵陣のあるところまで行くと、駒がひっくり返って(成って)、すごい力を持つこと。これは深いですよね。

中村七段は故米長邦雄永世棋聖のお弟子さんなんですが、以前に米長先生が、私におっしゃっていた。「内館さん、人生も将棋もひっくりかえってからが強いんだよ」って。「終わった人」になって、一度ひっくり返ってからが、絶対に強いし、面白いっていうことですよ。

内館 牧子(うちだて・まきこ)
脚本家
1948年、秋田県生まれ。武蔵野美術大学卒業後、三菱重工業に入社。13年半の会社員生活を経て87年に脚本家デビュー。主な作品に、ドラマ『都合のいい女』(フジテレビ)、『ひらり』『私の青空』(NHK朝の連続テレビ小説)、『毛利元就』(NHK大河ドラマ)、『週末婚』(TBS)などがある。大の格闘技ファン、特に好角家で知られ、2000年に女性初の日本相撲協会横綱審議委員会審議委員をつとめ、2010年1月に退任。2006年には、東北大学大学院文学研究科で、論文「大相撲の宗教学的考察―土俵という聖域」で修士号を取得。
(構成=大高志帆 撮影=原 貴彦)
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