「この海にどんな影響があるんだよ。教えてくれ」
――冒頭、岩手県宮古市の漁村で、漁師さんから「原発はどうなりそうなんだ。教えてくれ」と尋ねられたエピソードを書かれていますね。執筆をお願いしたときに石戸さんから聞き、これこそがこの本のテーマだと思ったのをよく覚えています。
(中略)
伝えられるだけの情報を伝えたが、おそらく納得していなかったと思うのだ。住居を無くしても海の優先度が高い。何より海の無事を願う。それが漁師なんだ、と男性は言った。彼は特別な存在だろうか。――石戸諭『リスクと生きる、死者と生きる』(亜紀書房)より
新聞記者として東日本大震災の取材を続けるなかで、原発事故の影響がそれほど大きくなさそうな場所でも、放射能の問題が覆いかぶさっているのを感じることが増えました。「リスク」についてどう伝えればいいのか。これまでやってきたことが試される局面が訪れたんだ、と思いました。
――「大丈夫です」でも「もうダメです」でもない答え方が求められているはずだと感じたそうですね。
ええ。もちろん現在の状況であれば「大丈夫です」と答えます。岩手ではなく福島の沿岸でも、そう言えますよね。でも、まだわからないのは、あの漁師さんが「大丈夫なのか?」に込めた思いです。その一言には、いろんな感情がないまぜになったのではないかと思っています。言ってほしい言葉はほかにあったのではないかなぁと考えます。それは、今でもその答えは出ていないんです。
「わが子には食べさせられない」と捨てる農家
――震災から時間がたつに従って、復興にも原発事故の影響にも無関心な人たちが増えていると感じます。一方で、「危険派」や「安全派」などとよばれる人たちは、それぞれの立場を補強するような情報のみを発信し、耳を傾けるそんな状況で、石戸さんの原発事故へのアプローチも当初とはかなり変化したように思うのですが、契機はどこにあったでしょうか。
取材をするほど「人間はあまりにも複雑である」と気づかされるばかりだったんです。みんながみんな、合理性だけで割り切れるわけではない。当たり前のことではありますが、その複雑さに対応した言葉を持っていなかったんです。
ひとつのアプローチを試さないといけないと思いました。つまり、割り切れない思いを包摂しながらリスクについて語ることはできないのか、ということです。人間は誰だって、時として不合理なことをする。だからこそ、科学や医学だけではない別のモノサシを組みこみたかった。そのためには、一人ひとりが生活のなかでどうやってリスク判断をしているのか、そこに接近しないといけないと思ったんです。
たとえばこの本には、科学を学び、自ら土壌検査を行い、収穫後の検査もクリアして農協に出荷した米を、それでもわが子には食べさせられないと捨てた農家が出てきます。科学のモノサシで測れば明らかな矛盾ですが、納得できる人も多いと思うんです
自分が担任しているクラスの生徒たちは福島県内の学校に通っているのに、自らは子供を連れて、新潟県で仕事を決めた教師がいる。新潟に避難せざるを得なかった、福島の子供たちを支援する仕事を選んだ。彼は、これは担任している子供ではなく、自分の子供ために「避難」を選んだと捉えて、苦悩することになる。
これも同じで、理解することと納得することの間にはそれぞれに溝がある。取材しながら、自分自身のモノサシも変化していきました。