※以下は『脳を鍛えるには運動しかない!』(「序文 結びつける」)からの抜粋です。
心肺機能の向上は副次的効果にすぎない
運動すると気分がすっきりすることは誰でも知っている。けれども、なぜそうなるのかわかっている人はほとんどいない。ストレスが解消されるから、筋肉の緊張がやわらぐから、あるいは、脳内物質のエンドルフィンが増えるから──たいていの人はそんなふうに考えている。
でも本当は、運動で爽快な気分になるのは、心臓から血液がさかんに送り出され、脳がベストな状態になるからだ。
私に言わせれば、運動が脳にもたらすそのような効果は、体への効果よりはるかに重要だし、魅力的だ。筋肉や心肺機能を高めることは、むしろ運動の副次的効果にすぎない。私はよく患者に、運動をするのは、脳を育ててよい状態に保つためだと話している。
人間は「動物」である
科学技術に支配され、世界のどこの様子もプラズマスクリーンですぐに見られる現代にあって、人間が動くように生まれついていること、つまり人間は動物だということは忘れられがちだ。
それは、私たちが動かなくてもいい生活を築いてきたからだ。皮肉なことに、生物として当然の活動さえしなくてすむ社会を夢想し、計画し、実現した人間の能力そのものが、運動をつかさどる脳の領域に根ざしている。
人類は過去50万年にわたって、絶えず変化する環境に適応するために、身体能力を磨き、思考する脳を進化させてきた。ともすれば私たちは、狩猟採集生活をしていた祖先を、もっぱら体力に頼って生きてきた野蛮な存在と見なしがちだ。けれども、彼らにしても長く生き延びるには、智慧を働かせて食物を見つけ、蓄えなければならなかった。
人類の脳の回路には、食物と体の活動と学習とのつながりが、もともと組み込まれているのだ。
しかし、私たちはもはや狩りも採集もしていない。そこに問題がある。動くことの少ない現代の生活は人間本来の性質を壊し、人類という種の存続を根底から脅かしている。
証拠はあちこちに見られる。アメリカの成人の65パーセントが太りすぎで、国民の10パーセントがII型糖尿病を患っている。運動不足と栄養の偏りが原因の破滅的な疾病だが、生活習慣によって充分予防できるはずだ。かつては中高年の病気と言われていたこの疾病が、今や若い人たちにも広まりつつある。
私たちは自分で自分の首を締めているようなもので、しかもそれは生活のすべてが特大サイズのアメリカに限った話ではなく、先進国全体の問題となっている。
もっとも気がかりで、しかも、ほとんど誰もまだ気づいていないのは、動かない生活は脳も殺してしまうということだ。実際に、脳は縮んでいくのである。
心と体を、再び結びつける
現代の文化は心と体を別モノのように扱っているが、私はそれを再び結びつけたいと思っている。長らく私は、心と体の結びつきというテーマを夢中になって追究してきた。1984年にハーヴァード大学で医療専門家に向けて行なった初めての講演のタイトルは「体と精神医学」だった。
そのときは主に体と脳の両方向から攻撃性を治していく新しい薬物療法について話したが、それはマサチューセッツ州立総合病院の研修医だったときにたまたま発見したもので、複雑な精神疾患を病む患者を担当したのがきっかけだった。以来私は、体を治療して心の状態を変える方法をずっと探し求めてきた。
今もその取り組みは続いているが、そろそろメッセージを広く伝えるべきときが来たようだ。この5年だけでも、神経科学の分野では重要な発見が相次ぎ、体と脳と心の生物学的な結びつきを示す、驚くような絵が浮かび上がってきた。
脳を最高の状態に保つには、体を精一杯働かせなければならない。『脳を鍛えるには運動しかない!』では、体の活動が私たちの考え方や感じ方にとって、なぜ、そしていかに大切なのかを説明している。