動物園の見物客(夫)と飼育係(私)
さて、産後も毎日病室に足を運んでくれた夫。嬉々としてビデオを回すその顔は、結婚後初めて見るような至福の笑み。が、そんな夫になぜか違和感を覚える。なんだろう?
はしゃぐ夫とは対照的に、私の表情は冴えない。
身体の痛みと、授乳トレーニングや沐浴指導などタイトな入院スケジュールで、ぐったりしているのだ。
分かった! 夫は「愛でている」だけなのだ。たとえていうなら、動物園の見物客と飼育係。気楽な見物客と、使命感を持ち世話をする労働者。子の世話をする親と孫を愛でる祖父の違い、ともいえる。同じ親なのに……。ただ、そんな夫も、退院後は徐々に「飼育係」のほうに転向し、ビデオカメラを回す余裕も消失してくるわけだが。
入院期間中、もっとも衝撃を受けた光景は、授乳室だ。ここでは10人近くの産婦が集合し、ふつうに胸を出して赤ちゃんに乳を吸わせる“訓練”をしているのだ。
まず驚いたのは、その巨大な乳房の数々! 私はせいぜいCカップに微増した程度だが、他の産婦らはEカップをゆうに超えている。ズラーっと並ぶ生の巨乳。推定サイズを言うと、私から順に、C、F、F、E、G、J……記録魔の夫がこんな光景を目撃したら、また「ズーム」するに違いない。
意外だったのは、母乳を吸わせることが難しかったことだ。母乳は出産後、自然にドバドバ出るものだと思っていた。しかしそんな人はごく一部。とはいえ、1日経ち2日経つと母乳が出始めている模様。一滴も出ない私は焦る。夫も母乳が出ないことを心配している。産後も貧乳で母乳が全然出ない私は、女性として欠陥商品なのでは、という劣等感が芽生え始める……。母乳を子供にあげるシーンを撮れない夫は、ずっとイラついていた。結局、スムーズに授乳できるようになるまで1カ月余りかかった。
振り返ってみると、産前~産後を通して最大の試練はこの授乳トレーニングだった気がする。産後ウツならぬ授乳ウツになりかけていた私を常に励まし続け、ストレスがかからないように気遣ってくれたのは菜々子先生をはじめとする女性スタッフだった。
夫は病院ではKYだったが、産前産後を通し献身的に私をサポートしてくれ、大変感謝している。授乳前に母乳が出るようホットタオルを作ってくれることもあった。しかし少し油断すると、「吸ったら母乳が出るようになるんだよね。じゃあ片方僕が吸おうか?」といった発言を平気でする。出産を通じて、私の夫評価は明らかに下がった。