「株式会社立の学校」を作ることはできる
仮に持ち分があれば、株式会社のように、所有と経営の分離を進めることができる。創立者一族が持ち分の過半数を押さえて所有権は維持するものの、経営は有能な経営者に任せるということが可能だろう。だが、今の日本の学校法人はそういう立て付けになっていない。
さらに持ち分がないことで、M&A(合併・買収)に大きな支障をきたしている。少子化が進む中で合従連衡が必要なのは自明だが、株式会社のように株式の一定割合を金銭で買い取るといった手法が使えないのだ。今、行われている学校法人の“売買”は、現職の理事長に金銭的な利益を与えることで、理事長職を譲ってもらうというやり方が広がっているが、これが道徳的に問題がないのかなど、ほとんど議論されていない。
何か方法はないか。
実は、日本でも株式会社立の学校を作ることはこれまでの規制改革で可能になっている。株式会社だから当然、持ち分が存在する。ところが、霞が関は株式会社は利益追求の母体で、公共性のある学校経営を利益追求に使うのは問題だという意識が強い。このため、当初あった株式会社立の学校も、廃業したり、学校法人に転換して、残っているのは数校に過ぎない。
「ベネフィット・コーポレーション」というヒント
一方で、米国では、株主への利益最大化だけでなく、環境や社会に対するプラスの好影響(パブリック・ベネフィット)を生み出すことを法的な目的とするベネフィット・コーポレーション(Benefit Corporation)という企業形態が生まれている。利益追求は悪ではなく、次への投資には利益の確保が必要だという点を認めた上で、株主への過度な分配をしないことを表明している組織だ。
こうした新たな仕組みを整えていけば、持ち分のある大学法人を作ることも可能だし、創業者一族などの歴史的な支配権を認めることもできる。つまり、大学は誰のものか、についてひとつの解を導き出すことができるのではないだろうか。
いずれにせよ、大学は誰のものか、という原点の議論を行わないことが、大学を巡る様々な矛盾としてあちらこちらで噴出しているということだろう。
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