私立大学でもトップ選びは重要な課題
もちろん、意向投票の結果と選考会議の結果が同じ場合には問題は起きない。一方で、結果が違った場合、特に今回のように意向投票ではダブルスコアで勝利していた候補者をひっくり返したとなると、納得しない人が出てくるのは当然だ。
私立大学を含め、どうやって経営トップを選んでいくかは、今、重要な課題になっている。従来のように国の予算や補助金で十分賄えた時代が終わり、少子高齢化が進んで18歳人口の激減が目前に迫る状況で、どう自立的に経営力を持つかは喫緊の課題なのだ。その経営を担うのは経営トップの総長や理事長、学長ということになる。
そのトップをどう選ぶかが問題になるわけだが、最大のポイントは関係する人々、いわばステークホルダーが納得するかどうかなのだが、ここに大きな問題がある。例えば、株式会社で言えば、株主がいて、株主総会で多数の支持を得た人が経営を担う。ところが、大学の場合、株主がいるわけでもなく、誰が決定権を握るのかが不透明なのだ。株式会社でも長い間、「会社は誰のものか」といった議論が繰り返されてきたが、「大学は誰のものか」という議論は、日本ではまったく行われてこなかった。
大学は誰のものなのか
では、いったい大学は誰のものなのか。
「学生のもの」というのは理念的には美しいが、学生はあくまで「顧客」であって、大学の所有者(経営者)にはなり得ない。
「教職員のもの」というのは、大規模私立大学の一部がこれに当たると考えられる。総長選挙では教員と職員票が圧倒的な決定権を握る。学内で最も発言力のあるのが教職員だから、彼らの投票によってトップを選ぶというのは、学内的には「正統性(レジテマシー)」を得るプロセスとも言える。
だが、教員や職員は大学から給与を得ている被雇用者で、経営的利益と被雇用者の利益は相反することになるので、教職員が経営を担うというのはガバナンス上、無理があると考えられる。また、そうして選ばれた人が経営者として能力が高い保証はない。

