最後のハードルは家族

長嶋監督との「約束」について就任会見で聞かれた松井氏はこう答えた。

「あの発言によって色々な憶測が飛び、当時のチームにすごい迷惑をかけたと思っています。言うべきではなかったと思っています。ということで、私の中では自主撤回しておりまして、皆さんがご自由に考察してください。これが答えかもしれないし、答えじゃないかもしれないし、これは言うべきじゃなかったと。私と長嶋さんだけのものだったというところに戻っております」

2017年6月11日、第66回全日本大学野球選手権で立教大学野球部を応援する長嶋茂雄氏(写真=江戸村のとくぞう/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)

松井氏はメジャーリーグを引退後もニューヨークに住み続けて、ヤンキースのGM付特別アドバイザーとして若手マイナー選手への指導を続けてきた。家族もすっかりアメリカ生活に馴染んでいるだろう。これまでも日本人メジャーリーガーが日本に戻ってプレーしたり、現役引退したりした後も、家族はアメリカに残って生活するというケースも多い。松井監督実現への最後のハードルは家族だった。

「引き受ける時は悩みました。やはり、まず生活がアメリカにあります。家族も向こうにいます。やはり、何よりも大切なのは私にとっては家族です。家族の後押しがないとここに来ることはできなかったと思います。背中を押してくれました。それだけです。それがないとここにはいません」

すべてはジャイアンツ愛

松井新監督の背番号は、長嶋茂雄氏が監督になった時に最初につけた「90」。記者から「もし長嶋さんが生きていたら、どんな言葉をかけてもらえると思いますか?」と聞かれてこう答えた。

「『遅いよ』じゃないですかね。おそらくね。誰よりもこの瞬間を楽しみにしていてくださっていたと思います。ただ、いつまでも楽しみな気持ちで、その楽しみを生きがいにしていつまでも元気でいてほしいという気持ちも反面ありました。『遅いよ』ですね」

ジャイアンツの監督就任への覚悟が決まった瞬間は、と問われた松井新監督の答えはこうだった。

「やはりジャイアンツに対する愛が、最後は全てを上回ったんだと思います」

検索時にプレジデントオンラインに関連する記事が表示されます

【関連記事】
【前回記事】原辰徳でも高橋由伸でもない…阿部慎之助の衝撃辞任でついに動いた「巨人の次期監督」の意外な本命
1日5~6個食べていた→腹痛・嘔吐で病院に…胃袋に3.7cmの石ができた60代女性が好んだ「秋の定番食材」
知床の海岸に漂着する「悪臭の死骸」に順番待ち…ヒグマ大量出没の裏にある「人慣れだけではない」切実な事情
アイヌが「あのクマだけは絶対に手を出すな」と恐れた…毒矢も銃弾もはね返す最強の"ヨロイ熊"の正体
なぜ育成下手だった阪神は最強の生え抜き集団になったのか…黄金時代を築いた"2人の外様"のドラフト戦略