かつて北海道にはアイヌたちが「ウエンカムイ」(悪い神様)と恐れたクマが存在した。ノンフィクション作家・人喰い熊評論家の中山茂大さんは「全身に松ヤニなどを塗って完全武装した個体のことだ。この“ヨロイ熊”は昭和の頃まで実在した」という――。(第2回)

※本稿は、中山茂大『ヒグマ110番』(つり人社)の一部を再編集したものです。

「クマの襲撃」という日本語のニュース見出し
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足跡からわかるクマの性質

ベテラン猟師は、足跡からヒグマの性質を推測するという。

〈熊撃ちがよくいうが、足跡を見て――これはきかない熊だナ――なんていう。それは指を開いて爪をたてて歩いているからだという〉(「原野の動物生態学⑪ 熊(II)」坂本直行)『林』(1962年11月号 北海道林務部)

筆者はネコを飼った経験から、この説には納得がいく。ネコが爪を立てるときは不快や不安を感じたときであり、常に爪を立てているということは神経質な性格を窺わせる。

足跡は、手負いかどうかを判断する材料にもなる。

〈【斎藤】三島由紀夫が〈夏子の冒険〉という小説を書くため北海道に来たとき、案内して千歳に行き、山崎町長のお世話で蘭越コタンでいろいろ話をきいたり、支笏湖付近を見たりしましたが、(中略)そこで三本趾(あと)の足跡のあるクマは兇暴であるという話も聞き、小説の中で、この三本趾を追うようにしたらしい。(中略)

【今泉】三本趾のクマというのは、趾が足りないのでなく重なっているのですね。そうしたクマは時々あります〉(「座談会 クマのすべて」斎藤春雄氏談)『林』(1957年1月号 北海道林務部)

腸を首に巻いて飛びかかる執念

おそらく足を撃たれるなどの怪我をしたために、ひねって歩くことから、足跡のひとつが重なり、三つになったということだろう。

最後に樺太の老練な熊撃ち猟師の次の言葉を引用しよう。

〈これから熊退治を志す人に御参考にして頂きたいのは、その時、私が撃ちとめた熊を横にして見ると、第一弾で胸を切り、肺臓が四角な灰皿くらい飛び出し、第二弾で横隔膜上部から斜めに下腹部にかけて貫通銃創があり、そこから露出した腸を二重に頸に巻きつけていたが、それでなお飛び懸かって来た事である〉(狩猟漫談 大野佐左衛門『樺太時報』昭和14年10月号)

地獄への道連れにハンターに襲いかかるヒグマの壮絶な「野生」には、慄然とせざるを得ない。