ヒグマにとって最も魅力的な誘引餌
箱わなで使用する誘引餌については、前述のように捕獲対象個体がその時点で執着している食物か、その執着を上回る嗜好性を有する食物を使用することがポイントである。たとえば、デントコーン畑に被害を出しているヒグマを捕獲するために箱わなを設置した場合、わな内の誘引餌にデントコーンを混ぜるのはよいが、それだけでは周囲に大量に同じものがあるため、ヒグマに箱わな内部まで進入させるための魅力には欠ける。他の農作物は、後述するように当たり外れがある。
現在の北海道では、ヒグマが口にする機会が比較的多い上に彼らにとって消化しやすく栄養価の高いエゾシカが、最も魅力的な誘引餌の一つである。さらにエゾシカの肉(骨付きのモモ肉など)に加えて内臓も使用すれば、強烈な臭気も作用して誘引力が強まる。ただし、内臓はプラスチックの浅い箱に入れて、その箱を針金でわなの鉄格子(鉄筋)に固定するなどしないと、箱わなが汚れやすい。
ところで、ヒグマには地域によって「食文化」のようなものがあり、他の地域でよく食べられている農作物などであっても、ある地域ではヒグマが食物として認識していないように見えることがある。たとえば斜里町の農地では、かつてニンジンのヒグマ被害が頻発したためにニンジンの作付面積が一時激減したが、年数が経過してから再度作付面積が増加しても、すぐには被害が増加しなかった事例がある。また道南ではヒグマが山菜のギョウジャニンニク(アイヌネギ・キトピロ)を食べるようだが、知床半島ではヒグマが食べているのを、少なくとも私は見たことがない。
「親子グマ」への対応には注意が必要
箱わなは夜間もヒグマを捕獲しやすく、捕獲対象個体から逆襲を受けるリスクが銃猟よりも低いのが利点であるが、捕獲する個体を選びにくい(非選択的捕獲)という欠点がある。特定の問題個体を捕獲する前に、無関係の個体を延々と捕獲してしまうことがあるのだ。ただしこのような特性は、ヒグマ個体群の保護が重視されていた時代には非常に問題視されたが、政府が「クマ被害対策ロードマップ」を発表し、現状よりヒグマの個体数を減少させる方針を明確に打ち出している現在(2026年)では、以前ほど気にする必要はないと私は考えている。
箱わなによるヒグマ捕獲で、安全管理上最も気を付けなければいけないことは、親子グマへの対応である。親子の子グマだけ捕獲してしまった場合、箱わなの見回りなどで人間が接近すると、わなの外にいる母グマから激しい威嚇や攻撃を受ける可能性がある。そのようなリスクを常に考慮し、箱わなの見回りや誘引餌入れ替えなどのメンテナンス作業実施時には、必ず猟銃を持参するべきである。
また、箱わなの周囲も見える位置に通信機能付きの自動撮影カメラを1〜2台設置し、見回り前に画像を確認しておくようにするとよい。現地の状況を事前に把握でき、さらにリスクを下げることができる。
2010年代の前半頃までは、自動撮影カメラはあっても通信機能付きの製品はまだ普及していなかった。そのため箱わな周囲の状況が不明なまま、毎日かなり緊張しながら巡回をしていた。補助的な道具としては、せいぜい落とし扉にヒモでつないだ無線の発信器くらいしかなく、扉が落下しているかどうかくらいしか、事前の情報としてはわからなかった。今は現地の状況が、ある程度まで電子メールの添付画像で即座にわかってしまう。通信機能付きの自動撮影カメラは未だにやや高価ではあるが、便利な道具が普及したものである。
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