「浪費」が「豪勢」に呼び名を変えるとき
『国家』には、もう一つ、印象的な場面がある。今度は、国家ではなく、一人の青年の心の中の話だ。
その青年は、倹約を重んじる家庭で育った。ところが、さまざまな欲望に触れるうちに、別の生き方に引かれていく。家族や年長者が節度を取り戻させようとしても、彼の心の中で勢いを増した言葉が、門を閉ざして助言を入れなくなる。
そして、ものの呼び名が変わる。慎みや節度は軽んじられ、無秩序は「自由」と呼ばれ、浪費は「豪勢」と呼ばれ、恥知らずな振る舞いは「勇気」と呼ばれるようになる。
ここで起きているのは、単なる言い間違いではない。昨日までためらっていた行為を、今日は誇れる行為に変えてしまう、判断の物差しのすり替えである。
この場面は、経営の現場に置き換えると、驚くほど身近になる。数字をごまかすことを「目標へのコミットメント」と呼ぶ。都合の悪い報告を止めることを「現場を混乱させない配慮」と呼ぶ。異論を封じることを「一枚岩の経営」と呼ぶ。これは特定の企業の話ではなく、言葉が判断を変えていく仕組みを示すたとえである。どの言葉も、本来は健全に使える。だからこそ、気づきにくい。
理念を守る行動が報われる組織へ
では、建前と本音のずれを防ぎ、理念を守り続ける組織は、何をしているのか。
鍵は、きれいな言葉を強く掲げることだけではない。その言葉に従って仕事をする人が、報われる仕組みをつくることである。
「品質を最優先する」と掲げながら、納期と売上だけで人を評価すれば、現場は別の言葉で自分を納得させ始める。「今回だけ」「事業を守るため」「皆もそうしている」。プラトンの青年の心で起きた物差しのすり替えが、会議室でも起きる。
反対に、問題を報告した人を守る。必要なら目標や納期を見直す権限を、現場に渡す。例外を認めるときは、その理由を記録し、後から確かめられるようにする。こうした仕組みを持つ組織は、言葉のすり替えに強い。異論を表の場で扱い、判断の理由を確かめ合えるようになるからだ。
拙著『古典で読み解く! 10年後の未来 何が世界を動かしているのか』(朝日新聞出版)の第3章では、民主主義がどのように変わっていくかを、古典を手がかりに考えた。序章では、「構造」を知る者は「構造」に飲み込まれない、と書いた。組織を支えてきた強みや約束が、どこから揺らぎ始めるのか。その構造を知っていれば、揺らぎの兆しに早く気づくことができる。

