会議では賛成、匿名では反対
この話は、遠い国の政治の話で終わらない。
会議の場では、全員が経営方針にうなずいていた。ところが、匿名の社員アンケートを取ってみると、まったく違う本音が並んでいた。そんな経験をしたことのある経営者や管理職は、少なくないはずだ。
秘密投票は、組織の本音を映す鏡である。表向きの方針と、一人一人の判断がずれていれば、その隔たりは、名前の出ない一票に表れやすい。ザクセン・アンハルト州議会の48票は、その鏡に映った像だった。
ただし、匿名で異論が出ること自体は、組織の弱さではない。表の会議では言えなかった問題が、ようやく見えることもある。問われるのは、その違いを裏切りとして片付けるのか、それとも、なぜ表の場で語れなかったのかを考えるのかである。
では、組織を守る人々の内側で、何が起きると約束は揺らぐのか。この問いに、2400年前に一つの答えを出した哲学者がいる。プラトンである。
国を守る者たちが、自分の土地を求め始めるとき
プラトンの対話篇『国家』は、正義とは何か、よい国家とはどのようなものかを問う書物である。その第8巻で、議論は意外な方向へ向かう。よい国家は、どのようにして崩れていくのか、という問いである。
プラトンの答えは、外敵の侵入ではなかった。崩れは、国を治め、守る人々の内側から始まる、というのである。
ここで描かれるのは、プラトンが理想とした国家が、名誉や財産を争う国家へ変わり始める場面である。今回プラトンから借りるのは、民主主義が崩れるという予言ではない。統治する人々の内部で、大切にするものが割れていく過程を読む視点である。
物語はこう進む。国家を守る者たちは、もともと、市民を守り、共同の秩序を保つ役割を担っていた。ところが、あるとき彼らの内部で、大切にするものが割れ始める。徳や従来の秩序を重んじる者たちと、土地や家、金銀を自分のものにしたい者たち。2つの方向に引っ張られた守護者たちは、やがて妥協する。土地と家を自分たちで分け合い、かつて自由な人々として守っていた市民を、支配される側へと変えてしまうのである。
この物語の恐ろしさは、守る者と奪う者が、初めから別人ではないところにある。秩序を守っていたはずの人々が、少しずつ自分たちの利益を優先するようになり、守る相手との関係を変えてしまう。
もちろん、プラトンの守護者を、現代ドイツの政治家にそのまま重ねることはできない。今回の投票に、私利や密約があったと考える根拠もない。それでも、秩序を守る側の内部で大切にするものが割れたとき、制度を支える力も弱まるという構図は、2400年を経たいまも変わらない。制度の強さを測るには、挑戦する勢力の大きさだけでなく、守る側の結束を見なければならないのである。

