政治とは異なる「学内の事情」
先述の2019年の甘利氏へのインタビューでは、次のような興味深い事実も述べられている。
「CSTI(注9)の橋本さんがある日、私のところに当時、東大理学部長だった五神真さんを連れてきた。『この人を東大総長にしたいと思っている。本命ではないけれど、きっとさせてみせます』と。さらに『甘利大臣の大学改革にも興味を持っていると思います』とも。結局、五神さんは総長になった」
組織外部の方が「この人を総長にしたい、現時点では得票が伸びなさそうではあるが応援する」と言ってきたことが実際にあったそうなのだ。なお結果的に、五神氏は得票1位で総長に選ばれている。
このエピソードから推測するに、政治家の視点からすれば、そんなに推したいならきちんと根回しをして、投票されるように「世論」を持っていかないといけない、という感覚なのではないだろうか。
ただそれは選挙活動の論理としては真っ当なのだが、実は当の選考会議が学内の選挙活動に積極的に関わることは、事実上できないとみてよい。選考会議は、意向投票の結果と異なる人物を選ぶ権限は持っているものの、委員が特定の候補者を有利にする行為や、候補者への助言・支援は厳しく制限されている。
つまり「投票結果と違う人を選ぶ」ことはできても、あらかじめ「なぜこの人を選ぶべきなのか」を学内に働きかけ、支持を形成することには慎重になるように求められているのだ。
ここに制度上の難しさがある。選考会議は適切な人物を選ぶことが仕事でありながら、誰に投票すべきかという合意形成のプロセスには介入できないのだ。
注9:総合科学技術・イノベーション会議。大学改革に際して重要な役割をもつ機関。
浮き彫りになった総長選出の問題点
改めて総長選問題が浮き彫りにしたのは、確立され浸透すらしたルールが、実際には現場や組織内の納得感がないままに運用されているという事実だ。ゆえにそのルールは不人気であり、結果としてルールには適合しているにもかかわらずこのように批判を招いてしまった。
改革を推進した側の甘利氏でさえルールに沿った意思決定をおかしいと感じており、選ぶ側の選考会議が選挙活動に参加することには限界がある。こういった問題が生じている限り、現行のルールそのものに修正の余地があるとはいえよう。
とはいえ、ひとつの組織が制度やルールを変えることには限界もある。現状、組織側として具体的にどういった努力が可能だろうか。
企業ガバナンスの世界では、「コンプライ・オア・エクスプレイン」、つまり原則を実施する(コンプライ)か、実施しない場合にはその理由を説明する(エクスプレイン)、という考え方が採用されている。企業ごとの事情に応じた判断を認める代わりに、実施しない場合には説明を求めるという考え方だ。
ルールに則ってさえいればコンプライアンス上問題ないとは限らない。ステークホルダーとの対話を経て、説明して、納得を勝ち得てこそ、コンプライアンスは達成されるのである。

