プロセスは正しいのに揉めている

この問題を、筆者の専門である経営学における「コンプライアンス」と「ガバナンス」の観点から考えてみたい。

結論を先にいえば、今回の東大の意思決定は、決められたルールを逸脱したものではない。むしろ問題の厄介な本質は、ルール通りにやったにもかかわらず、これだけ揉めているという現実にある。

最初に確認しておく必要があるのは、これは多数決で当選者を決める意味での「選挙」ではないという点だ。東大での正式な呼称は「総長選考」であり、教職員による意向投票は、その選考過程に組み込まれた一つの材料という位置づけにある。

つまり、最初から「一番票を取った人が総長になる」という制度ではないのである。そして最終決定はあくまでも選考会議での議論に委ねられている。

次に、ここでいう「選考会議」とは何なのか、という疑問について考えたい。とある方は、ニュースを観てこんな感想を述べていた。

「会見で国谷さんが映っていて、なんで東大の話を国谷さんがしゃべってるんだろう、って最初は思った」

国谷裕子氏(2012年、世界経済フォーラムにて)
国谷裕子氏(2012年、世界経済フォーラムにて)(写真=World Economic Forum/CC-BY-SA-2.0/Wikimedia Commons)

東大の「外の人」が総長を決める理由

国谷裕子氏は、一般にはキャスターやジャーナリストとして知られている。その人物が東大の最高人事について「あたかも中の人のように」説明しているのを見れば、大学の制度に詳しくない人が違和感をもつのは自然である。

そして、2000年代以降行われてきた国立大学改革こそが、その違和感のルーツなのだ。

国立大学では2004年の法人化に際して、選考会議に学外者を参加させる仕組みが制度化された。文部科学省は当時、国立大学法人制度について、「民間的発想」のマネジメント手法や「学外者の参画」を取り入れる意図を明示している(注6)。学長を大学内部の論理だけで選ばず、既存の大学にはない民間や経営の視点を入れるべきだと明確に示していたのだ。

現在の東大の選考会議も、経営協議会から選ばれる学外委員8名と、教育研究評議会から選ばれる学内委員8名の計16名で構成されている。議長を含めた半分は「外の人」なのである。

自民党税調会長などを歴任し、国立大学改革に積極的に関与してきた甘利明氏は、2019年のインタビューでこのように答えている(注7)。

「学長選考会議に外部の人間を入れる。それまでの学長選考は、労働組合員の投票で社長を決めるようなものだった。そんな状態では、学長が改革はできない」

内部の多数派意見ではなく外部の意見を優先すべきだと主張していると読めるだろう。

注6:文部科学省「国立大学法人法の概要」
注7:ジ アース 教育新社「異見交論第1回」内「自民党税調会長 甘利明氏 国立大学は『知識産業体』の自覚を」