谷崎と松子の運命の出会い

谷崎はその直後、21歳年下の古川丁未子と結ばれるも、再び目移りする。今度のお相手は根津(森田)松子である。まあ、お忙しい……。

松子は大阪・船場の老舗綿布問屋「根津商店」の跡取り息子と結婚していたが、やがて商売は傾くし、夫は松子の末の妹と不倫するし、とにかく事情は複雑だった。

松子は、運命の人となる谷崎との出会いを次のように語る。

私は女学生時代から文学少女的なところがあったらしく、翻訳ものとか新進作家の作品を読みふけり、特に芥川龍之介にひかれていた。そして、紹介する人があって芥川さんに会った。その時、私には全然興味のなかった谷崎が一緒だといわれ、少し物足りないような気持ちであったが、谷崎は、明日ダンスに行こう、と積極的に誘った。

出会いのきっかけはまさかの芥川というのが皮肉なものである。

芥川龍之介
芥川龍之介(画像=『芥川龍之介作品集第6巻』/PD-Japan-oldphoto/Wikimedia Commons)

谷崎先生はファッションやグルメに目がなく、若かった頃は西洋かぶれなところもあって、ダンスのことをいくつかの物語のなかで話題にしている。松子夫人の前でどんなダンスムーブを披露しただろうと、想像したくなる。

その偶然の出会いから、二人は家族ぐるみの付き合いをするようになった。ところが、時間が経つにつれて、距離が次第に近くなり、谷崎がついに告白したという。松子はその経緯について次のように振り返る。

ある日、書斎に招じ入れられた。突如、「お慕い申しております」という。聞き違いかと耳を疑った。低いが真剣な顔、きびしい顔つきは、真実を語っている。好意を持たれているとは感じていたが、まさか、と騒ぐ胸を押し沈めた。それから私たちは、人目を忍んでひそかに逢瀬を重ねる。双方とも離婚の手続きが終るまで紆余曲折もあって、苦難の日々を送り、願望がかなわねば、一緒に死にましょう、と決意を固くした。その間も執筆の方は、これまでになく筆が進んだようで、「盲目物語」「蘆刈」「春琴抄」と次々に書きあげていった。

スキャンダルをガソリンに名作を連発

ときは1930年代。谷崎も松子も結婚していたので、彼らの関係はいわゆる「ダブル不倫」。当時は姦通がまだ犯罪だったし、世間の目は厳しかっただろう。一方で、スキャンダルが想像力のガソリンになっていたかのように、この時期に書かれた谷崎の作品はあれもこれも名作ばかりである。

やがて松子とめでたく結ばれた後の谷崎先生は、私生活のスキャンダルは(やや)影をひそめたものの、作品を通じてなおも世間を揺さぶり続けたのだ。

『潤一郎新訳源氏物語』の仕事を終えてから、彼は1956年に『鍵』という小説を書いた。同年の1月に、雑誌『中央公論』にてその第1回を発表したが、以降はしばらく休載することになった。それは、『週刊新潮』に頼まれて、『鴨東奇譚おうとうきたん』の執筆を優先したからだ。ところが、後者の連載はモデル問題により頓挫してしまう。しかも、その理由がなかなか面白い。