国会で「春画を文章に読むようなもの」と言われる始末

驚いたことに、『鍵』は雑誌の紙面のみならず、なんと国政の舞台にまで姿を現した。

衆議院法務委員会の場でその話が取り上げられていたそうだが、『毎日新聞』は1956年5月12日付けの朝刊にて「国会 芸術を論ずる」というタイトルの記事で議論の内容をまとめている。国会で討論された内容の議事録はインターネットで公開されていると知り、早速調べてみたが、なかなか読み答えがある。

まず世耕弘一委員という人が次のように話を切り出した。

最近発行された「太陽の季節」という芥川賞をもらった本がございますね。それからまた、今月も出ましたが、中央公論に谷崎氏の第三回目の「鍵」という連続的な日記体の記事が出ました。あれをどう見ますか。あれをどういうふうに御判断になるかということであります。まずここから私はお尋ねしておきたいと思います。ああいうこと自体が、いわゆる熱情にかられ青春の気に満ちた青年をどこにかり立てていくか。

それに対して、松原一彦法務政務次官の回答は以下の通り。

えらいむずかしいお尋ねでございまして、実は、私、老人で、「太陽の季節」の方はまだ読んでおりません。(笑声)あとのは中央公論にありますものですから、ついのぞいてみて、実は驚いているのでありますが、老人たちが文芸の名のもとにああいういたずらをすることについては、私は遺憾を感じます。〔……〕ある種の春画を文章に読むようなものがおくめんもなくさらされておることが、いい影響があるとは思われません。遺憾であると思います。

文学の社会に与える影響の大きさ

世耕弘一委員はご立腹の様子が収まらないようで、さらにこう付け加えている。

しかし、今町にはんらんしている性に関する映画、演劇、文学を野放しにしておいて、こんな法律を作ってどうするか。犯罪人をふやすばかりだ。根を断とうとしてない。

世の中の風俗壊乱は谷崎潤一郎や石原慎太郎らのせいだとでも言いたげな論調である。今読むと、その批判の声は感情的すぎる気もするけれど、一方で文学が社会に与えていた影響の大きさが如実に伝わってくる。

谷崎先生本人はといえば、その間一言も反論や弁解をせず、黙々と執筆を続けただけだった。