谷崎は国会喚問を恐れていた
ところで、毅然とした態度を示したものの、議会に引っ張り出されるのではないかと多少恐れていたらしい。その結果、途中で作品を少し変更して、予定していた「覗き」の場面をカットしたそうだ。
戦後に公布された日本国憲法のなかでは「検閲は、これをしてはならない」と明確に禁止され、言論や出版の自由が定められているが、何度かお叱りや指導を受けた谷崎だからこそ、そこは穏便に済ませた方が賢明だという勘が働いたに違いない。
1928年から連載された『卍』は伏字いっぱい、第二次世界大戦の真っ只中に書き始められた『細雪』は「反時代性」との警告を受けたのち、連載中止となったし、新たな時代になっても物議を醸すのはほどほどにしないと本気で怒られると、先生はどこかで思っていたのかもしれない。
「谷崎氏にしても、あるいは石原氏にしても、何か世代に対する指導方針と文学者としての見識において書かれたのだろうから、委員長にお願いして、ぜひこの二人は最小限度において呼んでいただいてその意見を聞く」と言って、世耕弘一委員がまなじりを決していたくらいなので、もし計画通りに書いていたら、谷崎は本当に国会議事堂に喚問されていておかしくなかったし、作品を書き続けることができなかった可能性さえある。
『鍵』の発表から70年近く経ってしまった今や、ワイセツか芸術かなどと問う人はもちろん誰一人いないが、いつ読んでもその衝撃的な内容に驚かされる。
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