林氏の後ろ盾となった森山前幹事長
確かに、林氏をめぐっては、反高市の大物、森山裕前幹事長が5日、森山氏の地元鹿児島で開かれた県連の政治資金パーティー「政経セミナー」に林氏を招いて、1000人の聴衆を前に講演をさせ、11日のTBS番組では、「林氏は十分に総理を務める能力を持っている」と持ち上げてみせた。
森山氏は自民党親中派の重鎮であり、党税調のインナーも長く務めた。岸田内閣、石破内閣を総務会長、幹事長として支えてきた。与野党に幅広い人脈をもち人望もあつい。
その森山氏が林氏の後ろ盾になって力をつけることを警戒しているのだろうか。
政策通で手堅い実務能力を持ち、閣僚更迭など緊急時には度々後任に起用されたことから「政界の119番大臣」とも言われた林氏。その一方で、器用貧乏、優柔不断という評判もつきまとっていた。
今回もギリギリまで去就がはっきりしなかったことから、側近の間では、「もし首相に頼まれたら閣内に残るのではないか」と不安視する声すらあった。
前回の総裁選ではダークホース的に急浮上した。決選投票には進めなかったが、国会議員票では、高市氏を上回っていた。小泉進次郎氏と林氏の間で2、3位連合ができていれば、逆転していた可能性もあった。
「クビだと言われる前に、こちらから辞表を叩きつければ良かったんだ。その方が次を狙う覚悟も示せた。だが、ともかくこれで更に自由に活動できるのはよかった」側近の一人はそう説明してくれた。
高市首相にも、獅子身中の虫であっても閣内に封じ込めるか、それとも虎を野にはなつのか迷いがあったかもしれないが、麻生派と組んでいれば、数の力で圧倒できるはずとみたのである。
参院の実力者を外した確執
石井準一氏の場合はどうか。
石井氏は参院内で独自の議員グループを作っているだけでなく、野党にも幅広い人脈をもち、いまや参院の実力者となっていた。もともと参院は総理の人事権も及ばない「聖域」とされてきた。かつては村上正邦氏、青木幹雄氏と、ドンと呼ばれる存在もいた。いまや石井氏が参院のドンになりつつあるとも言われていた。それをあえて外したのだ。
その背景には、国会運営をめぐる確執があった。
今年度予算の年度内成立にこだわりを見せていた高市首相に、石井氏は、竹下登元首相伝来の国会運営のスケジュール表、「竹下カレンダー」を作成して見せたのだ。そこには3月13日までに衆議院を通過させれば、年度内成立が可能とあった。
首相はそれを信じて、委員会審議を短縮するなど無理に無理を重ね、強引に衆議院通過をさせたが、野党が反発して審議拒否に回る「荷崩れ状態」で、当然参院での審議もスムーズにいかなかった。これも石井氏の水面下の折衝で、ほどなく正常化するのだが、年度内成立はできなくなった。
高市首相は「石井に騙された」と周囲に怒りをぶちまけたが、そもそも空転の原因をつくったのは、首相自身だ。サナエトークンや中傷動画制作をめぐって、国会で不誠実な答弁を繰り返し、あげくに出席拒否を重ねて紛糾する材料をつくったのだから。


