部下も年老い偉くなっているのに
このエピソードでまず重要なのは「信長はどんな気持ちで馬糞まみれの餅を家臣に食わせたか」だ。エピソードの光景を思いうかべていただきたい。「中原の覇者が」やらせていると考えると異様であるが、「取っ組み合いの喧嘩で勝ったガキ」と考えると、ごく自然な光景ではある。
もっと重要なことは、「信長の家臣たちはどんな気持ちで馬糞まみれの餅をありがたがって食ったか」にある。
忘れてはならないのは、「織田信長は、合戦実務を嫡男の織田信忠にまかせ、自身は形式上、隠居の体裁をととのえた」ほどの老境だったことだ。天正3年(1575)長篠の合戦後、嫡男織田信忠に織田の家督を相続し、織田信忠は秋田城介に任官。天正4年(1576)安土城に本拠地を移転したあとである。カリスマ創業者が社長を引退して会長になっている状態だと思っていい。
その信長の近習である。どう少なく見積もっても、現代であれば秘書室級の格で、相応の年齢と経験を重ねている。
老齢になると怒鳴られるのはきつい
そこで、現代のわれわれに比して考えてみよう。
老齢になってくると「他人に怒鳴られる」経験がなくて久しくなる。そんな場に立つと、殴り返す気力よりも「なぜ怒鳴られるのだ?」という当惑が先に立つ。
先年、老母が認知症でいよいよ手に負えなくなり、施設へあずかっていただく手続きをしたとき、施設の会議室で、ケアマネジャーさんやら介護士さんやらの目の前で、神戸から来た私の実妹に「お兄ちゃんは何もやってない!」と、ものすげえ大声で怒鳴られ、かなり凹んだ。
冷静に考えれば介護認定の日程調整や転所手続きから、おむつの交換まで、私のやっていることは膨大で、凹む理由はどこにもない。後日、実妹に事情をきいてみると「テレビの報道番組の『衝撃! 介護施設の虐待』って特集を観て、不安になった」というので、腰から力が抜けた。「滅多にないから特集が組まれる」ってのは情報の基本なのだが。
つまり何が言いたいかというと、若いときは怒鳴られたり殴られたりするのはOKだが、相応に地位や年齢があがるときつくなるってことだ。
