人間にとって、いろいろ意識して考えることや、豊かな感情は大切だが、時には両者が邪魔になることがある。

「健康診断」への態度がその一つの例である。

「異常が怖い」からこそ健診を受ける人と、「異常が見つかるのが怖い」から健診を避ける人がいる。後者の場合、「もし、異常が見つかったらどうしよう」「自分の体の状態を知るのが怖い」と、意識の中で余計なことを考え、不安や恐怖の感情が邪魔をして、必要な健康診断を受けられない。

意識や感情の働きは、私たちが生きるうえで大切である。自分のあり方をいろいろと意識したり、感情を通して世界を意味づけたり、価値を見出したりすることで、私たちは充実した人生を送ることができる。

その同じ意識や感情が邪魔をして、健康診断を受けられないということになると、自分に関する必要な情報が得られないし、場合によっては、手遅れになるということもある。

健康診断を受けるのをためらってしまうという方にオススメなのは、意識や感情の余計な働きをとりあえず抑えて、あくまでも「フラット」に物事を考えることである。

もし、自分の体に今問題があるとして、健康診断を受けた場合とそうでない場合には、どちらがその後の展開が良くなるか?

もっと端的に、自分の健康についてのデータがある場合とない場合では、自身の人生についてどちらが有益な判断ができるか考えてみればいい。

人間の長い進化の過程で、自分の健康についての客観的なデータが得られるようになったのは、科学や技術が発展したごく最近のことである。従って、意識や感情のシステムが、そのような変化にまだついていっていないのである。つい、昔ながらのやり方で生きようとしてしまうが、現代においては合理性を欠くことになる。

健診を先延ばしにするというのは、ある意味では昔ながらの人間の伝統的なやり方だと言える。トラブルのもとになりそうな場所には近づかないことで、平穏無事を図っていたのである。実際、自分の状態や未来について情報を提供してくれる場所で得られるのが、根拠の怪しいアドバイスだった頃は、敬遠するほうが賢明だったかもしれない。

(撮影=相澤 正 写真=iStock)

検索時にプレジデントオンラインに関連する記事が表示されます

【関連記事】
目的のない「無駄話」が実は無駄ではない理由
早期退職するべきか否かを見極めるたった一つの条件
AIを使う人と使わない人 脳の老化が早いのはどっち?
山田五郎と東野圭吾が最期まで普段通りだった理由
「文系だから数学は不要」と考える人の厳しい末路