時刻表を愛読した少年が空のダイヤを組むまで

航空会社の社長である私がこう言うと意外に思われるかもしれませんが、私は子どもの頃から鉄道が好きでした。幼稚園児の頃、出張に行く機会の多かった父が、家に時刻表を置いていました。私はなぜかそれが気に入り、よく眺めていたそうです。小学生になると本格的に読み方を覚え、「何時に出発する電車に乗り、どこで乗り継げばいいのか」といったことを調べるようになりました。そして、中学生になると小遣いを貯めて切符を買い、関東一円の鉄道を旅しました。いわゆる「乗り鉄」です。

デジカメもSNSもない時代です。この路線に乗った、この地を訪れたという手応えは、自分の胸の内だけにある達成感でした。大学在学中には、当時の国鉄の全路線に乗り終えました。日本各地の駅に降り立ち、土地をめぐる旅を通じて、日本には魅力ある地域が数多くあることを知りました。

ですが私は、就職活動では鉄道会社を受けませんでした。趣味と仕事は分けたいという考えからだったと思います。バブル景気が始まる直前、私は当時の学生に人気があった金融機関などを受けていました。そんな中、ANAに勤めていたゼミの1年先輩が「いい会社だ」と勧めてくれたこともあり、縁あって入社することができました。

入社後は仕事に追われ、乗り鉄熱も収まっていましたが、折に触れて昔取った杵柄が顔を出す場面もありました。成田空港でカウンター業務をしていた頃、国内線に乗り継げなかったお客様に、即座に時刻表を調べて別の手段をご案内したところ、同僚から驚かれたことがありました。管理職になって配属された企画部では、国内線のダイヤ作成に取り組みました。発着枠を調整するパズルのような仕事でした。考えてみれば、これは「飛行機の時刻表」をつくる仕事でした。

国際線と貨物で攻め国内線は競争と協調へ

ANAは現在、コロナ後の需要回復から成長路線へ舵を切る転換期にあります。成田空港の拡張等も控え、今後は国際線の需要増が見込まれます。グローバル市場での競争は激しさを増していますが、新規路線の開拓を進めていきます。国際線と、収益の柱に育ちつつある貨物事業を両輪に、積極的に前へ出ていくつもりです。

一方、国内線は費用がかさむ中で、収入がなかなか追いつかないのが実情です。ですが、地方と地方、地方と都市を結ぶ路線は、地域の暮らしを支える社会のインフラです。空港業務の自動化など、自社でできる努力を重ねるとともに、同業他社とも競うべきところは競い、協力できるところは協力して費用を抑えながら、路線網を守っていかなくてはなりません。

3月の社長交代会見で、私は子どもの頃からの鉄道好きを公言しました。意外性からか多くのメディアに取り上げられましたが、あれは私なりの「メッセージ」でもあったのです。航空と鉄道は競い合う間柄と見られがちです。ですが私たちがお運びできるのは、出発地の空港から目的地の空港までです。旅は空港で始まるわけでも、終わるわけでもありません。ご自宅を出て目的地にたどり着くまで、鉄道もバスもタクシーも、皆が一つの移動を支えています。

そうした視点に立てば、交通に携わる私たちは、お客様の移動をもっと快適で便利なものにできるはずです。ご自宅から目的地まで、飛行機はその選択肢の一つにすぎません。鉄道もバスもタクシーも、あらゆる交通機関がつながり、「ここへ行きたい」と告げれば、国内・海外を問わず、座席も支払いも整い、あとは乗るだけ。急ぐ方には速さを、安く行きたい方には価格重視で、最適な組み合わせをご提案する未来を目指しています。将来的には、エアタクシーに代表される次世代モビリティもこのネットワークへ組み込んでいきます。空の移動がより身近になり、陸と空がシームレスにつながることで、移動の制約や混雑から解放された新しい世界を実現します。お客様にこれまでにない自由な移動体験をお届けできるよう、一歩ずつ進めています。

今日は、旧新橋停車場 鉄道歴史展示室を訪ねました。本社の入るビルの隣にありながら、足を運んだのは初めてです。鉄道の歩みを伝える写真やパネル、そして古い時刻表。胸が高鳴るとともに、鉄道も航空も、お客様と荷物を安全に、確実にお運びする使命を負っているのだと実感しました。折に触れ、訪れてみようと思います。

(構成=渡辺一朗 撮影=宇佐美雅浩)

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