例外だった「武装せる天皇制」

明治以降のわが国は、弱肉強食の帝国主義時代の国際社会の中で、何としても富国強兵をなしとげ、欧米列強から押し付けられた不平等条約を改正し、植民地化を免れて1人前の独立国家を建設しなければならなかった。天皇・皇室は、そのような国家の“機軸”であるべく期待された。こうした時代の天皇・皇室のあり方を、比喩として例外的な「武装せる天皇制」と呼んだ文学者もいた(林房雄氏)。

天皇が憲法上、国政を司る「統治権」と軍隊を指揮する「統帥権」を兼ね備え、国家元首として卓越した権威を身におびる、というあり方だ。

もちろん、当時の危機的な時代背景を考えると、いかめしく“武装した”天皇・皇室のあり方を安易に批判することはできない。また昭和戦後以降、憲法も皇室典範も変わり、そうした天皇・皇室のあり方に大きな変動があったことも事実だ。

しかし、時代が変わったのに、さほど変化しなかった部分もある。上皇陛下が提起されたご葬儀のあり方は、まさに「武装せる天皇制」時代の“厚葬プラス土葬”の方式が、ほとんどそのまま惰性的に踏襲されようとしていた。前近代の伝統だったご退位も、上皇陛下ご自身によるビデオメッセージがなければ、当時の安倍晋三政権のもとでは実現していなかった可能性が高い。

上皇陛下が退位を望まれたのは、「国民に寄り添う」という象徴天皇の務めが高齢化によって十分に果たせなくなる前に、若い後継者にそれを受け継ぐことが主な目的だった。

男系男子は「武装せる天皇制」時代の遺物

政界の一部には今もなお、明治から敗戦まで存続した「武装せる天皇制」のもとでの天皇・皇室のあり方こそが理想形、と見る思考法があるのではないだろうか。実際に、昭和天皇のご葬儀の時はもちろん霊柩を自動車にお乗せしたが、あきれたことに「前例にしたがって牛にひかせろ」と要求する右派の国会議員もいたようだ。

ここで是非とも考え合わせなければならないことがある。皇位継承資格を「男系男子」だけに縛る現行皇室典範のルールも、まさに「武装せる天皇制」時代の遺物であるという事実だ。

このルールは明治の皇室典範で初めて採用された。当時は側室制度があり、正妻以外の女性が生んだ男子にも皇位継承資格が認められていた。なので、それなりに持続可能性があった。

しかし、今や条件がまったく異なる。一夫一婦制(皇室典範第6条)で少子化が進む。にもかかわらず政府・与党などは、伝統でもない時代錯誤な「男系男子」限定という欠陥ルールを、惰性的に維持しようとしている。

「武装せる天皇制」時代の遺物と言うべき葬儀や陵のあり方を、前近代の伝統を顧みつつ理性的に乗り越えようとされている皇室の方々が、とりわけ重要な皇位継承ルールの深刻な欠陥に、危機感を抱かれないはずがない。