意識して見ると脳にスイッチが入る
普段、電車やバスで移動するとき、窓から見える景色にどれだけ意識を向けているでしょうか。何かを観察したり、特定のものを凝視したりしない限りは、特に気を払う機会も少ないことと思います。脳を活性化させる「ものの見方」を教えましょう。移動中や部屋の中で一息ついているときなど、周りを見渡して「見ようとして見る」ことを意識してみましょう。
まず、簡単な実験をさせてください。いまいらっしゃる部屋を、ぐるりと見回してみてください。そして目を閉じます。この部屋の中に、赤色のものはいくつありましたか。ほとんどの方は答えられません。見ていたはずなのに、思い出せない。では目を開けて、もう一度見てみてください。いかがでしょう。赤色のものが、次々と目に飛び込んでくるのではないでしょうか。これが注目バイアスと呼ばれるものです。私たちは、目に映るものすべてを処理することはできません。関心のあるものだけを拾い上げている。つまり「見る」というのは、目を開けていることではないのです。何に関心を向けているかで、入ってくる情報がまったく変わります。
1日1回、「特定の色のものだけを探す」時間をつくってみてください。通勤電車の車窓でぼんやり景色を眺める代わりに、赤い看板を探しながら見てみる。散歩なら赤い花や屋根を探す。たったこれだけで、見え方が変わります。いつもの道なのに、こんなところに赤いものがあったのか、と気づくはずです。花を見るときも同じで、ただ眺めるのではなく、赤という観点で見てくださいと言われると、見方が変わりませんか。濃い赤と薄い赤の違いまで見えてきます。同じ花を見ても、入ってくる情報の量が違うのです。
脳では、テーマを決めた瞬間に、前頭前野の先端にある前頭極という場所が活性化します。ここが働くと、目的思考のモードに入ります。目的が定まると、それに関係する情報がどんどん入ってくるようになります。この仕組みは日常のあらゆる場面で使えます。同じ本でも、共感力を高めたいと思って読むのと、学習能力を高めたいと思って読むのとでは、目にとまる箇所が違ってきます。若いころに観た映画を今また観ると、まったく違う印象を受けることがありますよね。あれは、その時々で問題意識が違うからです。
以前、研修でこんなことがありました。3人一組で、2人は雑談をし、1人は自分がいま解決したいことを考えながらそれを聞く。恋愛の悩みを抱えた1人が聞いていた会話は、イタリア料理のシェフの話題でした。素材を大事にするから、余計なものは入れないのだと。その方は、自宅に昔の交際相手の物が大量に残っていることに気づき、全部処分したら状況が変わったそうです。普通に聞いていれば、ただの料理の話です。けれど問題意識を持って聞くと、自分にとって重要なメッセージが立ち上がってくる。メッセージは作るものではなく、見つけるものなのです。問題意識を持つと同じ道の景色が違って見えてくるというのは、生活を変えなくても新しい経験が可能になり、スパイン(新しい刺激を刻む脳の突起)を伸ばして脳を若返らせることができるということなのです。
紹介した習慣の中で、面白そうだと思ったものを、一つか二つ遊び感覚で続け、「脳を老けさせない」というテーマだけ、頭の片隅に置いておく。そうすれば、この先の毎日で目に入ってくるものが変わってきます。
脳科学者(工学博士)、分子生物学者。東京工業大学大学院生命情報専攻修了。2002年に博士号を取得後、知的財産研究所、特許庁を経て、08年、うまくいく人とそうでない人の違いを研究する会社を設立。講演やメディアを通じ、脳科学の知見を平易に伝える。著書に『80歳でも脳が老化しない人がやっていること』(アスコム)など。
※本稿は、雑誌『プレジデント』(2026年10月2日号)の一部を再編集したものです。
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