共感力を高めると孤独も防げる
人の話を聞くとき、右から左へと聞き流していると、脳はどんどん衰えていきます。「何を意識して聞くか」で脳の使い方が変わってきます。
私は講演でお客様と一緒によく行っている実験があります。まず、「まったくうなずかずに」私の話を30秒ほど聞いてもらいます。その後、会場の皆さんに尋ねると「話がほとんど入ってこなかった」と言われます。次に同じ話を「うなずきながら」聞いてもらいます。すると「先ほどよりもずっと理解できた」と、内容の理解度の差に皆さん驚かれます。動作を一つ変えただけで、頭のモードが変わるのです。
うなずくという動作は、相手を肯定するシグナルです。同時に、自分自身が相手を受け入れている状態でもあります。だから、耳から入ってくる情報を脳が受け入れる状態になりやすくなります。面白いことに、たとえ内容について知識が乏しかったとしても、うなずいてみると脳が「なんとか理解しよう」とするモードに入ります。うなずく動作が脳に「これは理解するものだ」と伝えているので、難しい話でも、なんとなく脳内に入ってくるのです。
「うなずく」という動作は、あくまで入り口です。脳の老化予防にとって大事なのは、その先にある「相手の気持ちを考えながら聞く」ということ。ただ音として聞き流すのではなく、この人はいまどんな気持ちで話しているのか、どんな立場から言っているのかを考えながら聞く。このとき働いているのが共感を担う前帯状皮質や島皮質です。相手の意図を推し量るときには頭頂接合部という場所も使われます。同じ話を聞くのでも、なんとなく聞くのとは刺激される場所が違うのです。
共感力は衰えやすい機能の一つなのです。その一方で、人の気持ちを理解する力のピークは、平均するとおよそ48歳とされています。48歳まで伸び続けるというのは、希望のある話でしょう。ただ、そこを過ぎると、意識して使わなければ落ちていきやすい。若いころは近所のスーパーに行くのにも身なりを気にしていた方が、家にいるときのままの格好で出かけるようになる。他人からどう見えるかを想像する力が弱まったサインです。もちろん個人差は大きく、60歳がピークという方もいる。人と関わる場面が多い人ほど、この力は保たれます。
もう一つ、大事な話をしておきます。孤独感は、脳の老化を早める要因として非常に大きい。配偶者を亡くされた後や退職した途端に、急に老け込む方がいらっしゃいます。人と一緒にいるとき、私たちは想像以上に高度なことをしているのです。相手の様子を把握し、言葉を選び、間合いを測る。脳を広く使っている状態です。特に男性は、60歳を過ぎると友人が一人もいないという方が少なくありません。電話やオンラインで相手の意図を汲み取ろうとする働きは同じように起こります。ただ近くにいるほうが、つながりを感じたときに出るオキシトシンというホルモンが働きやすい。会える人には会う。難しければ電話をする。それだけでも、つながっている状態です。
最後に、いまの時代ならではの注意点を一つ。AIはこちらを全肯定してくれます。けれど人との会話はそうはいきません。それは違うのではないか、と返ってくる。予測できないからこそ、相手を理解しようと脳が働くのです。AIとの対話ばかりになると、この共感を使う場面が減っていく。使わない機能は衰える。ここは注意しておいたほうがいいだろうと思っています。
脳科学者(工学博士)、分子生物学者。東京工業大学大学院生命情報専攻修了。2002年に博士号を取得後、知的財産研究所、特許庁を経て、08年、うまくいく人とそうでない人の違いを研究する会社を設立。講演やメディアを通じ、脳科学の知見を平易に伝える。著書に『80歳でも脳が老化しない人がやっていること』(アスコム)など。
※本稿は、雑誌『プレジデント』(2026年10月2日号)の一部を再編集したものです。
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