「たかが口臭」と侮ってはいけない。口腔環境の悪化が全身をむしばむ仕組みと、一生自分の歯で噛むためのセルフケアを専門家が解説する。

重度の口臭がある人は認知症リスクが4倍超

口腔環境の悩みで特に多いのが「口臭」です。日本歯科医師会によれば、口臭が気になったことがある人は男性が76.2%、女性は85.3%で、そのうちの約4割が他人から指摘されたことがあると回答しています。

このように、多くの人はエチケットとして口臭を気にしているかもしれませんが、実はこの口臭が認知症をはじめとする脳や全身の健康にも深く関わっていることをご存じでしょうか。

私たちのチームが2005年から06年の歯科検診データをもとに56〜75歳の約1500人を追跡調査したところ、16年までに約6.4%の96人が認知症と診断されました。そこで認知症の発症率を調べたところ、「口臭なし」のグループでは6.8%であるのに対し、「軽度口臭」では5.2%、「重度口臭」では20.7%に上ったのです。これを逆確率重み付けモデルという解析手法で分析したところ、重度口臭のグループは口臭なしのグループに比べて、認知症リスクが4.44倍も高いと示されました(下図参照)。

口臭程度別の認知症を発症しなかった確率の調整生存曲線

*Ho DSM, Zaitsu T, Ihira H, Iwasaki M, Yoshihara A, Suzuki S, Inoue M, Yamagishi K, Yasuda N, Aida J et al: Association Between Oral Malodor and Dementia: An 11-Year Follow-Up Study in Japan. J Alzheimers Dis Rep 2024, 8(1):805-816.

歯周病や糖尿病、腎疾患、肺がんなどが原因となる口臭(病的口臭)もあります。口臭は、脳と全身の健康状態を映す鏡とも言えるのです。

口腔機能は「食べる、噛む、飲み込む」といった栄養摂取だけでなく、「味わう、話す、笑う」といった楽しみや人との関わりを支える大切な役割を担っています。この口腔機能の低下が、なぜ認知症をはじめ、全身の健康に大きく影響するのでしょうか。その理由は大きく2つあります。「噛めないことが引き起こす栄養状態の悪化と各種疾患リスクの増大(身体的影響)」と「口臭や歯の欠損が招く孤立(社会的影響)」です。それぞれ見ていきましょう。

歯が少ないと死亡率悪化肺炎や糖尿病悪化も招く

虫歯や歯の欠損があると、ものがうまく噛めず、食べたいものが食べにくくなります。結果として栄養状態が悪くなり、健康に悪影響を及ぼします。

24年に私たちのチームが発表した調査では、歯が20本以上ある人に比べて、歯が10〜19本の人の死亡率は約1.1倍、0〜9本の人は約1.3倍高くなっていました。しかし、歯が少なくても入れ歯や詰め物などの補ほ綴てつ物ぶつを使った場合、それぞれ死亡率が下がっています。同様に、歯が20本以上ある人に比べて、歯の本数が20本未満の人は認知症リスクが高いという結果も出ています。

口腔機能の低下は、危険な疾患のリスク要因にもなります。口腔内の細菌が気管支や肺に入ることで生じる「誤嚥性肺炎」は、高齢者の死亡原因で上位に上がります。就寝中に肺や気管支に細菌が入ることがあるのですが、健康な状態であれば免疫機能が働いて肺炎になりません。しかし、加齢による免疫や嚥下機能の低下、咳をして異物を外に出す力が弱まることで肺炎になりやすくなるのです。

歯周病も口腔内だけの病気ではありません。歯周病による慢性炎症で生じた炎症性物質が血流に乗ることでインスリンの働きが悪くなり、血糖値が上昇しやすくなります。その結果、血糖値のコントロールがしにくくなり、糖尿病が悪化する可能性があります。

(構成=大森りえ イラストレーション=根岸美帆 図版作成=大橋昭一)