×スマホ入力 ○ペンで書く「想起の筋トレ」
覚えたいことだけでもペンを持って書いてみる
「文字を書く」とき、いまは何でもスマホで入力できてしまいますが、便利になったぶん、脳の働きも少なくなっています。「手書き」のほうが脳を複雑に使うことになります。東京大学で行われた実験で、予定をタブレットに入力するグループとスマホに入力するグループ、手で書くグループの3つを比べ、一定時間経ったあとの記憶力について調査したものがあります。結果は、手で書いたグループがもっとも高い記憶力を発揮したことが確認されました。同じことを記録しているのに、後から引き出せる量が違うのです。なぜか。手で書くほうが、脳を広く使っているからです。
脳科学的に、手の動かし方には2種類あります。一つは握力把握といって、手全体で物をつかむことを指します。もう一つは精密把握といい、指先を使って細かく動かす作業をこう呼びます。握力把握は、主に脳の「運動野」を機能させて動作しますが、精密把握においては脳の司令塔である前頭葉で思考力を働かせて体を動かすことになるため、脳の複数箇所を働かせます。「手書きする」という行為は、精密把握にあたります。ペンを走らせる指先の細かい動きそのものが、脳全体に刺激を与え、老化防止につながる効果が期待できます。
文字を書くことは、物忘れ防止にも非常に効果的です。記憶は符号化といって、複数の情報と結びつくことで残りやすくなります。手で書くと、文字の形にペンを走らせる感触、紙の位置が、書いた内容と一緒に脳内へ記憶されます。つまり脳内で言葉を扱う言語中枢だけでなく、手を動かす運動野も、その感触を受け取る大脳皮質も同時に働いているのです。私は今も手帳に書いています。書き出す作業そのものが、頭の整理になっているからです。
実はスマホやパソコンで文章を書いているときよりも、手書きのほうが言葉だけでなく線を引くなど、面を自由に使えるため、よりアイデアが出やすくなる効果も期待できます。書いているうちに記憶が次々と出てくる、想起効果と呼ばれる現象です。マインドマップのように、意識していなかった記憶が、書き進めるうちに連鎖的に鮮明になっていく。脳では海馬からの情報を引き出すという働きが発生し、情報の入力と出力で脳が切り替わります。日記をつけると、この効果が毎日使えることになります。
現代ではスマホやパソコンは当たり前です。予測入力は便利ですが、頼り切りになると、脳は老化していきます。手書きで文字を書く際に、漢字が思い出せない経験がある人も多いでしょう。完全に忘れているわけではない、見れば思い出す……という状態は、前頭前野が弱まっている証拠です。ですから、日常的に手書きで文字を書く習慣を身につけ、記憶を取り出すネットワークを強固にするようにしましょう。
すべてを手書きに戻す必要はありません。私も原稿はパソコンで書きます。ただ、紙とペンを使って文字を書くという習慣を、なにか一つでも続けるのが脳の老化予防には重要です。一日の終わりに数行、手帳に書き出してみる。今日の出来事を思い出しながら数行を埋めるだけで、普段は使っていない脳内の検索にスイッチが入る。一日の間に起きたことを振り返ると、脳の前頭前野が刺激され「想起の筋トレ」にもなります。
年齢に関係なく、脳は使えば使うほど、引き出す力は保たれやすくなります。
※本稿は、雑誌『プレジデント』(2026年10月2日号)の一部を再編集したものです。
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