唯一の趣味「カラオケ」に行く頻度が激減

夕方以降の仕事の終え方も昔のままです。大臣を務めていたときから、私はどんなに無理をしてでもデスクワークは夜6時前に終わらせるペースを体に染み込ませてきました。その点では時間配分に大きな変化はありません。

決定的に変わったのは、夜の会合と帰宅の足です。

現在も週に2~3回程度、東京で夕食をともにしながらの情報交換等は続けていますが、現職時代に比べればその数はぐっと減りました。

赤坂の議員宿舎に寝泊まりしていた頃は、国会周辺で夜11時まで会合があっても歩いて10分で帰り、日付が変わる前には就寝できましたが、今はそうはいきません。

大宮の自宅に11時までに帰り着くためには、東京を9時半には出なければなりません。唯一の趣味であるカラオケに行く機会は大幅に減りました。

どうやって生活の維持をするか

議員バッジを失って直面する最も現実的な変化は、収入面です。

当然ながら歳費はなくなり、調査研究広報滞在費や公設秘書の給料といった国からのサポートもすべてストップします。

ここからは、一人の社会人としてどうやって自分で稼ぎ、事務所を維持していくかを必死に考えなければなりません。

私は議員になる前に2年間、弁護士として活動していました。そのため、普通に考えれば再出発の柱は弁護士業務になるのでしょうが、資格があるからといってすぐに仕事が舞い込んでくるものではありません。

机の上に置かれた弁護士記章
写真=iStock.com/takasuu
※写真はイメージです

また、長期化する可能性のある案件は、政治活動との両立の中で無責任に受けることができません。

私の場合、長年国政に携わらせていただいたご縁から、いくつかの企業と顧問弁護士契約を結んでいただいたり、講演の依頼をいただいたりしています。

今の私にとってはこれ以上なくありがたい支えです。これがもし、若手や中堅の落選であれば、どれほど生活の維持が過酷であるか、身に染みて想像できます。