道に迷って「やばいな」

山国のヴィルンガ火山群でマウンテンゴリラを調査しているときは、迷ったらひたすら頂上を目指せばいい。頂上はだいたい草原で見晴らしがいいので、そこから下界を見渡せば、どの方向に下りたらいいかわかります。

ただ、ガボン共和国の低地の熱帯雨林ではそうはいきません。1983年に最初に訪れたとき、ゴリラの調査中に偶然にもチンパンジーを見つけて追跡して行ったら、道に迷ってしまったのです。

周囲を見回すと360度すべてが背の高い樹木と濃密な緑、道なんてものはありません。ずっと平坦な地形で小高い場所はない。木に登ろうにも、ここの木は電柱のようにまっすぐで、枝ははるか上方にしかない。

しかも幹には鋭い棘が生えている樹木が多くてとても登れない。たとえ登れたとしても見晴らしはよくないでしょう。川に行き当たったので、たどろうとしたら、濃いやぶでとても歩けないし、途中で川が終わっていたりする。

夜になったら猛烈なスコールが来て、倒木の下に逃げ込みました。近くをアカカワイノシシの群れが走っていくし、ゾウの気配もする。このままではやばいなと思いました。

「探検ごっこ」が私を救った

しかし、不思議なことが起こりました。恐怖がピークに達した瞬間、ふっと頭の中に、子どもの頃に東京郊外の野山で遊んだ「探検ごっこ」の記憶が鮮明に蘇ってきたのです。近所の裏山に入り込み、どこへ繋がっているかわからない道を進むときの、あのワクワクした感覚です。

「待てよ、これはあのときの探検ごっこと同じじゃないか。どこか楽しいはずだ」

そう思った瞬間、脳のスイッチが切り替わった気がしました。サバイバルを「苦難」ではなく「遊び」として捉え直したのですね。

自然の中を歩く子供たち
写真=iStock.com/Marizza
※写真はイメージです

先ほど、田島さんは「大変なのが当たり前という前提に立つ」と話されましたが、まさに、それに近い発想の転換ですよね。

これが大きかった。朝になって陽の光を浴びると、とても清々しい気持ちになり、勇気が湧いてきました。私は深呼吸をして、再び歩き始めました。

田島さんの言葉を借りれば、そのときの私は自分の五感に従いシンプルに行動した。それが私という生物が本来、備えていたポジティブな力を呼び覚ましたのだと思います。