なぜかシンガポールの建築物が完成予想図に

2015年、紅海沿いのリゾート地シャルム・エル・シェイク。エジプト新首都の構想を最初に知らされたのは、国民ではなかった。

舞台は投資会議だった。エジプト国民や国内の記者にではなく、外国首脳30人と投資家数百人に向けて完成予想図が先に披露された、と英中東専門デジタルメディアのミドル・イースト・アイは伝えている。

会場で配られた小冊子には、110万戸の住宅、663カ所の病院・診療所など、本当に実現したならば市民が歓喜するであろう数字が並んでいた。

ただ、完成予想映像には妙なものが紛れ込んでいた。シンガポールの複合リゾート「マリーナベイ・サンズ」と植物園「ガーデンズ・バイ・ザ・ベイ」の光景だ。

シンガポールの複合リゾート「マリーナベイ・サンズ」
シンガポールの複合リゾート「マリーナベイ・サンズ」(写真=Someformofhuman/CC-BY-SA-3.0/Wikimedia Commons

他国に実在する街並みの映像を、計画の予想図のように取り込んだ。滑稽なことにその場には、当のシンガポール代表団がいたというから、会場の気まずさは察するに余りある。

借り物は映像にとどまらない。構想自体が、2011年の民主化運動で退陣したホスニ・ムバラク前大統領の息子、ガマル氏の案だった。当時は実現可能性調査の結果、費用がかかりすぎて非現実的だと結論づけられ、一度は白紙に戻された。

実現性を疑う声に、エルシーシ氏は取り合わなかった。「10年は長すぎる、5年にしろ」と叫んだと、ミドル・イースト・アイは伝えている。

さらに2018年には「調査を決定要因にしていたら、達成できたのは20〜25%だった」と語ったと、ミドル・イースト・モニターは伝えている。採算性の検証は、判断材料ではなく、事業を遅らせる足かせとしてぞんざいに扱われた。

これまでに22の新都市が失敗した

人けのない新首都。その閑散とした光景は、計画の発表当初から専門家が予想していたものだった。

カイロを拠点とする都市計画家デービッド・シムズ氏は2015年、英ガーディアン紙に対し、新首都の計画は「ただの狂った数字の寄せ集めだ」と一蹴した。インフラ整備や水の確保、省庁の移転をどう進めるのか、具体像は見えなかった。

カイロの都市史に詳しいカリフォルニア大学バークレー校のネザール・アルサイヤド教授も2015年、この計画を他国の新首都計画と比べ、「茶番であり、成功の前提条件を何一つ満たしていない」と評した。ミドル・イースト・アイが伝えている。

エジプトでは過去にも省庁移転が頓挫した例がある。1975年に計画され1982年に砂漠に街開きしたサダト市にも、省庁を受け入れる区画があった。各省の予定地を示す看板まで立ったと同教授は説明する。ところが30年経っても、建物は空のままか、まったく別の用途に転用されている。

同じ指針の下で建設された新都市は、2015年の時点ですでにエジプト国内に22あった。全部合わせても人口は100万人を少し超える程度で、空き家は数え切れないほどだ。

インフラや雇用が乏しく、一貫しない都市政策も重なって移住が進まなかった。貧しい住民に十分な仕事も、働き口に通える安価な交通手段も用意できなかった。その姿は、今回の新首都と重なる。