倒れてから約1年で学長職に復帰

あとで聞いた話ですが、この目標を聞いたとき、医療の専門家たちは驚いたようです。というのも、僕と同じ年齢の人が、僕と同じ程度の障害を負った場合、復職を目指す人は少ないのだそうです。

多くの人は、退院して自宅で自立した生活を送ることを当面の目標にする。70歳を超えていれば、そのまま仕事を退く人のほうが一般的なのでしょう。

しかし、当時、僕はAPUに新しい学部を作ろうとしていました。これは僕しかやる人間がいない。ちょうど感染症の流行の真っ最中で、その影響で、打撃を受けた学生たちを、どう支えるかは真っ先に取り組まねばならない課題のひとつでした。さらに、国境が閉じられて入国できずにいる海外の学生たちを、なんとかキャンパスに呼び戻したいとも思っていました。どれも、道半ばだったのです。

もちろん、僕がいなくても大学は回ります。ただ、あのときの僕には、まだ誰かにその役目を渡す準備ができていなかった。それだけのことです。

幸いなことに、東京の自宅でリハビリを通じて、同年12月にはAPUの東京キャンパスに出勤し、翌年1月から校務に一部復帰することができました。本格的に大分・別府にあるAPUに戻れたのは、同年3月末です。そこから一人暮らしもはじめ、完全に学長職に復帰し、無事に任期を全うすることができました。

立命館アジア太平洋大学
写真=iStock.com/yktr
※写真はイメージです

週3で出勤、いろんな人とおしゃべり

今の僕は、要介護3の認定を受け、車椅子で生活しています。

要介護3というのは、日常生活の多くの場面で介助が必要という区分です。一人で立ち上がることも、着替えることも、簡単ではありません。実際に要介護3の人に触れたことがない人からすれば、「大変そうだ」と思うかもしれません。

ところが、その要介護3の僕の一週間を、ちょっとのぞいてみると、だいぶ気分は変わるのではないでしょうか。

僕は今も週に3日間は、自宅から立命館東京キャンパスに通っています。キャンパスに行けば、会いに来てくださる人々との面会があります。昔の仲間、本の読者、初対面の若い人などいろんな人々とおしゃべりをします。大体午前に一度、午後に一度ぐらい来客があります。