AIは「正しいが使えない答え」を出す

ここで、メタ・スキルがなぜ決定的に重要になるのかを、もう一段掘り下げて整理しておこう。

筆者は、AI仕事の成果物を評価するときには、「妥当性」と「適合性」を区別することを提唱している。

AIは、「妥当性」の高い成果物をつくるのは得意だ。

妥当性とは、一般論として筋が通っている「正解」だ。最近のモデルは事実誤認も少なく、体裁も整っている。この点で、いまや平均的な人間の初稿を上回ることも珍しくなくなった。

だが、AIは「適合性」を高くするのに向いているツールではない。

適合性とは、この会社の、この顧客の、「その場に合った正解」だ。

そこに至るための文脈情報を、AIはそもそもほとんど持っていない。過去の失注の経緯も、周囲の部署との力関係も、今期に限って通らない理屈も、社長の最近の関心事項も、学習データのどこにも書かれていない。商談先のエレベーター前やプロジェクトのキックオフ後の飲み会で交わされる、あの「雑談」のニュアンスを、AIは汲み取ってくれないのだ。

オフィスで歩きながら話をする社員たち
写真=iStock.com/Zoey106
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だから、AIから返ってくるのはたいてい、「薄っぺらな正解らしきもの」である。間違ってはいないし反論もしにくいが、その場では使えない。生成AIを使ったことのある人なら、あの独特の手触りに覚えがあるはずだ。人にとってAIの本当のリスクは「ハルシネーション(編集部注 AIが事実でないことをあたかも真実のように組み立ててしまう現象)」ではない。本当に危険なのは「妥当性だけ高くて適合性が低い」タイプの間違いだ。

「使える答え」に直せるのは人間だけ

このように考えると、5つのメタ・スキルとは、要するにこの「正解らしさ」を「その場に合った正解」へ変換する技術である。着手前に前提と論点を集めることは、AIに適合性の材料を渡す作業だ。出てきた出力を現実や他者に当てて確かめ、前向きに壊して直すことは、妥当性を適合性へ寄せていく作業である。そして蓄えるとは、その変換のノウハウを個人の頭から組織の文脈へ移す作業にほかならない。

AIの性能が上がれば、妥当性の水準はさらに上がるだろう。だが適合性は、どれだけモデルが賢くなっても自動的には埋まらない。埋められるのは、その場にいる人間だけである。ここに、人のメタ・スキルが陳腐化しない理由がある。