古河は慶大卒業後、将来性にひかれて「ものづくり」の日本ゼオンに就職した。興味深い出来事が3つある。

1つが、入社数年目の塩化ビニルの営業時代のことだ。日本ゼオンは樹脂の配合剤に鉛が使えなくなるため、新製品を開発していた。良質の代替品が出来上がり、古河は自信を持って得意先を訪ねた。が売り込みは失敗する。担当者に言われた。「他の会社の製品に決めた。もう少し早ければ……」と。

「スピードの勝負で負けた。ほかの樹脂メーカーにはつくれないと思って、大威張りで(得意先に)行ったら、『もういりません』。だから。そのときから、スピードにこだわっています」

「LEAP」でいう「問題解決力」。問題分析と意思決定において、実社会でもスピードは大事な要素なのだ。

2つ目が、1990年、古河がゴム販売部長のときだった。ソビエト連邦の崩壊を前に合成ゴムの生産が滞ったため、世界中がゴム不足に陥っていた。ゴム部門の販売は大きく伸び、この機に乗じて合成ゴムの生産を増やそうという声が上がった。だが古河はこれに反対。「この利益で新しい技術の開発に挑戦すべきだ」と主張した。

「周りも、うちも、ワーッと一時的に儲かった。でもロシアも生産施設をいずれ改良改善するだろうと思ったのです。だから、技術でリードしている我々がもっと研究していけば、将来、売り上げもどんどん伸びるのでは、と考えただけです。技術屋ではないですが、いろんな人の情報を受け入れるようにしています。そして判断する」

変化はチャンスである。チャレンジである。リーダーとは、優れたバランス感覚と鋭敏な感性力、チャレンジ精神を持っているものだ。

情報収集力でいえば、こんなことがあった。不況の波が押し寄せる直前、取引先の会社幹部とのゴルフ中に深刻な話を耳にする。古河は出社するなり、その会社の関連製品を「大減産して在庫を落とせ」と指示した。アンテナを張り、予知して、行動する、のである。

3つ目。日本ゼオンは93年度、経済低迷に伴い、大きな危機に見舞われていた。創業事業である塩化ビニル部門が赤字を出し、初の無配に転落。塩ビ事業はジョイントベンチャーで運営されており、複数の会社が複雑に絡んでいたため、自社だけで撤退を決められなかった。そんな中、取締役の古河が交渉に乗り出し、すべての会社を説得して撤退にこぎつけた。

決断と行動である。これまた「問題解決力」。説得するときのコツは、と聞けば、古河はにやりと笑った。

「誠意でしょう。最後は、やっぱり誠意しかないじゃないですか」

組織も人もピンチのとき、ほんとうの力が試される。日本ゼオンは09年度、経営環境の悪化を反映し、投資額を完成ベースで約100億円に抑えた。が、10年度は約150億円以上に増える見込みだ。

「今みたいなときには借金がどんどん減って企業体質が強くなっていますと言うから、何を言っているのだ、と。投資もできない会社の何がいいのだ、と思うわけです。投資する案件がないから借金を返しているだけじゃないかって。研究が進んでいないって一人で怒っているんです。やっぱり投資しなきゃダメでしょ」

どうしてもトップの思想は会社の空気に反映する。職場の明るさは、どこかにポジティブな社員気質があるからだろう。不況下ではコストを下げるしかない。日本ゼオンではコストダウンのため、従業員が改善提案をする仕組みがある。一昨年、新たに女性社員による「ムダ取り発見隊」も組織された。自動販売機が多すぎる。喫煙ルームが多すぎる。そんな提案が古河のパソコンにメールで直接入る。

本当かどうか、女性社員にこっそり聞けば、笑顔が返ってきた。「本当ですよ。社長に直接ものが言える。やる気につながっています」と。

これも「LEAP」にあるリーダーの「動機づけ力」である。人の欲求で強いのはやはり、自我の欲求、自己実現の欲求なのである。

そういえば、古河はよく、事業所、工場を回っては職場長らと酒席を共にする。月一で研究所に行ってはヒアリングも行う。少しでも現場の生の意見を聞きたいからである。

さて11年。新年の抱負を聞けば、古河の顔から笑みが消えた。

「やっぱり品質ですよ、企業は。製品の品質、仕事の品質を高める。そして社会に貢献することです」

これから実社会に乗り出す若者にも何かメッセージを。

「人には必ずいいところがあるから、それを伸ばせばいいんです。(企業面接で)自分のいいところをワーッと言えば、企業はすぐに採用しますよ」

とくに体育会の後輩には? 最後に問えば、刹那、目がやさしくなった。

「人間形成を目的として運動部はあるんだ。勝つことを目指して人格を形成して社会に役立つ人間になっていこうじゃないか、という気概を脈々と受け継いでいってほしい」