子ども用紙おむつブランドでシェア1位を誇る花王「メリーズ」。1枚あたり何銭という単位の価格競争にさらされるなか、工場長は、ボトム層から革新のアイデアを出させる訓練を繰り返す。
尊敬できるリーダーは、いつもニコニコしていた
中距離走ができそうな広々として清潔な空間に長大な機械群が横たわっている。人影はまばらだ。何十メートルも一直線に延びる機械の内部をのぞくと、白っぽいものが目で追えないほどの速さで移動していく。1分間に数百枚もの紙おむつが全自動で生産されているのだ。機械の運行を管理するのはわずか数名である。
ここは栃木県宇都宮市。駅から車で40分ほど内陸に入ったところに、生理用品「ロリエ」と紙おむつ「メリーズ」などのサニタリー商品を生産する栃木工場の敷地が広がっている。1975年、花王の6番目の工場として設立された。現在、生産に携わるのは500人。研究開発も含めると約1000人が所属している。さきほど見た数名は生産ラインの一つを担当しているにすぎないのだろう。交代勤務を計算に入れても、ラインの多さと工場の大きさが推察される。
工場長は山下博之(51歳)。大柄ではないのに「大きい」という印象を受ける。声が大きいのだ。そして、常に役者のような笑顔を浮かべている。話しかけやすさに誘われて、「タレントのせんだみつおに少し似ていますね」と言ってしまった。
「そう? そんなことを言われたのは初めてだけどなあ。ナハ、ナハッ!」
その場でモノマネしてくれる関西人の山下。ノリがいい。営業出身かと思わせるが、生粋の技術屋だ。大学院で流体力学を学んだ後に花王に入社。和歌山工場(和歌山県和歌山市)では「アタックマイクロ粒子」開発のプロジェクトリーダーを務めた。技術部長などを経て、洗顔料「ビオレ」や入浴剤「バブ」を生産する酒田工場(山形県酒田市)の工場長に就任。栃木工場に来たのは昨年10月である。
「リーダーは元気なほうがいい。僕が出会ってきた尊敬できるリーダーたちは、いつ見てもニコニコしていました。眉間にしわを寄せているような人では話しかけにくいですからね。でも、休日は家でグッタリと横になっていることもありますよ」
グッタリしすぎて家族には「トドさん」と呼ばれていると明かす山下。会社では工場長、自宅ではアシカの一種なのだ。元気のよさと話しかけやすさは、リーダーの役割として意識的に実行している。例えば、大きな声での挨拶は、単に現場を活気づけるだけではなく、体調管理のバロメーターとして利用しているという。
「心身に不調がある人は信号を発しているものです。こちらから声をかけるとわかりますよ。いつも明るく挨拶を返してくれる人が、目を見て返してくれなかったり、聞き取れないほど小さな声になったりしたら要注意。体調を崩している、もしくは仕事への自信を失っているかもしれません」
そのために、山下は会議だらけのスケジュールの合間を縫って、工場内をヒョコヒョコと歩き回って声をかける。危険信号を発見したら、ミドルマネジャーに注意するように伝えておく。