栃木工場での話ではないが、山下自身が元気のないメンバーと一緒に飲みにいくこともあった。目立たぬように、そのメンバーだけではなく、チームメンバー全員を誘う。「バカ話」をしながら、悩みを少しずつ聞き出す。
「プライベートな悩みなら、年上としてのヒントを言うぐらいで極力入り込まないようにしています。会社の管轄外だからです。でも、仕事の悩みならば僕の力で何とかなります」
山下が提示する解決法は、「原点とゴールを俯瞰して見つめ直す」ことだ。自分がはまり込んでいる場所にとらわれるのではなく、出発点と目標をもう一度確認すると、とるべき道が見えてくる。それでも、どの道を行ったらいいのかと迷っているならば、間違ってもいいから一つの道を行ってみろ、と伝える。チャレンジして失敗するのは一向にかまわない。しかし、目標が定まっていなければ人は前に進めない。あなたは確かにゴールに向かっているよ、と山下が背中を押してやるのだ。
「『えっ、本当にやっていいんですか?』と聞かれたら、『やってみろ。試してみろよ』と言うんですよ」
当初の役者っぽい笑顔の下から、心底嬉しそうな表情をのぞかせる山下。革新へのチャレンジは、花王の企業理念である「絶えざる革新」にもつながる。サニタリー商品は日用消耗品のため、厳しい価格競争にさらされている。高付加価値で低コストの商品を設計するのは研究開発スタッフの仕事だが、ロスを減らして生産性を上げることは山下たち工場現場に携わる者の役目だ。
機械が止まって対応に追われ、欠陥品の廃棄などが生じるたびに人件費と原材料費のロスが発生する。また、一つのラインでできるだけ多くの製品を作れるように工夫せねばならない。もし別のラインを建設することになれば、膨大な時間と金がかかってしまう。
紙おむつ1枚あたり何銭という単位でコストダウンして勝負している、と山下は厳しい表情になる。日々の改善と革新がなければ、たちまち競合他社に敗れ去ってしまうだろう。
製品の改良があるたびに、機械の調整などの工夫も必要だ。試行錯誤をして、またハイレベルな生産性にまで引き上げていく。部品の一つひとつ、流れるスピード一つひとつに歴代の工場メンバーの「絶えざる革新」が込められているのだ。